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2002年03月28日

大学職員の憂鬱

 オレの仕事は大学職員。

 創立4年目の勤め先である校舎は新しく綺麗。オレの家からわずか二駅。都心へ出るにも便利な場所で立地条件は申し分ない。そしてこの不景気の中、社会人3年目にしては十分な額の給料をもらっている。親と同居ということで金もたまり、おかげさまでこの春中古ではあるが外車を買うことができた。休みもきっちりとれ、週末は趣味のサーフィンに繰り出すことが出来る。そうした点でサラリーマンとしてのオレの生活は多分に恵まれおり、感謝すべきではあるのだが、いかんせんこの大学の連中ときたらけったいなのが多く、ときにオレを憂鬱にさせる。

 この世に大学と名のつくものはごまんとあるが、実のところ、オレの勤め先であるこの大学ほど変わった大学はない。ものまね大学。その名前はそのままずばりこの大学の特異性を指す。ここはモノマネ専門の単科大学なわけだ。

 オレの配属は学生課。学生どもの面倒をみる。学生達は窓口であるオレたちを通して各手続きをする。と同時に学生達にとってオレたち職員は、授業で習得したモノマネを学外で披露する前に試すいい実験台でもある。

 さっそく朝から学生が一匹ひょこひょことオレのもとへやってきた。

 「んちゃっ!おはこんばんちは」
 「おはようございます」
 「前略、履修届を出しにきたわけで、ちょっと遅れてしまったわけで・・・」
 「はい。登録ミス等ありませんね。それから変更がありましたら今週中までにお願いします。では、けっこうですよ」
 「あーばよーとっつぁーん・・・・・・で、どうですか?」
 「ルパンはよくできてるね。アラレちゃんは男のキミにはちょっと無理があるんじゃない?」
 「んー。もう少し練習してみます」

 やれやれ、いつもこの調子だ。だがまだこの学生などまともなほうで、ときにはすっかりなりきったままのやつがいる。名前を聞けば、「こんばんは森進一です」「薬師丸裕子です」「オッス、おらゴクウ」「バカボンのパパなのだ」くだらねえモノマネに没頭して本名を明かそうとしない。そんなわけで、学内では全員名札をつけることを義務付けられている。

 学生がこうなら、教えるほうもまた妙なのが多い。

 上司の武田が今話しをしているのが外タレ学部の通称マイケル。顔マネのためにメイクだけでは満足いかず整形を重ねた挙句、マイケルジャクソンのままにっちもさっちもいかなくなり、今はそれ一本槍だ。甲高い妙な英語を叫ぶのが聞こえてくる。

 同期の大山は、さっきからラムちゃんと呼ばれるアニメキャラ学部の教授に追い掛け回されている。ダーリン、好きだっちゃー。全然似ていないが、そのモノマネに対する真摯な態度と勇気をかわれ、教員として採用された。虎模様のビキニに小さな角をつけたラムちゃん。これが五十を半ば過ぎたおっさんなのだから困ったものだ。

 オレのところにも厄介なのが一人近づいてきた。こいつは大変研究熱心な男で毎日ひとつはモノマネを開発してくる。どのモノマネも秀逸で一応我が校の看板教授ではあるのだが、学者肌というのかクソ真面目というのか変に融通のきかないところがある。昨日はボクサーの西島洋介山という微妙に時代遅れなモノマネのためにわざわざ頭を丸めてきてオレたちを驚かせた。今日はなんだ。タマのドラムスか?

 「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくはおにぎりが好きなんだな」

 なるほど。山下清ってわけか。当分は丸坊主キャラが続くのだろうな。

 「ゼ、ゼ、ゼ、ゼミのが、が、が、合宿先をよ、よ、予約したいんだな」
 「はい。では、先生、こちらの書類に・・・ちょっと、せんせー、せんせー!」

 しまった。オレとしたことがうっかりしていた。先生と呼ぶなり、奴さん自前の画材抱えて事務室を飛び出していったよ。いくらなんでもやりすぎだろ。

 そんなこんなで、バカ学生、それに輪をかけてバカな教授たちの相手を事務的にこなすうちに時刻は4時55分。学生課の業務ももうすぐ終了だ。この後オレはフィットネスクラブで軽く汗を流し、いきつけのショットバーで女と待ち合わせ。

 いそいそと身支度を始めるオレの前に一人の女学生がやってきた。いい女だ。オレのタイプ。

 学生時代のオレときたらひどくやんちゃで同じ大学内にオレと関係を持った女が両手で数え切れないほど。だが、いまのオレにとってここは大学ではあるが職場なわけで、学生に手を出すのはご法度だ。もっともこの大学にいる女などまともじゃない。だが、この女にオレはたまらなく興味を覚えた。この女にはオレを惹きつけるなにかがあった。じっとオレを見据えるその瞳の奥に、郷愁の念を呼び起こすようななつかしいなにかが。そしてまた名札に書かれた女の名前になぜか見た覚えがあるのだった。

 オレはとっておきの微笑みととびきり優しげな声色でその女に語りかけた。

 「どうしましたか」
 「ぶりぶりー。うんこぶりぶりー」
 「は?」
 「ちんちんぶらぶらびろーんびろーん」
 やはりこの大学にまともな女はいない。
 「あのお・・・」
 「ぼくじゃないもん。田中さんのブルマ盗んだのぼくじゃないもん」
 「はあ・・・」
 「ちょえええええええええええええええ!!!!」

 女は奇声を発した後、おそろしくマヌケな顔で天井をぽかんと見上げたままだ。鼻汁までたらしてやがる。
 たまりかねてオレはきいた。

 「あの、それは一体誰のモノマネですか?」

 素面に戻った女は、信じられないという顔でオレを見てこう言った。

 「あんたよ。小学生のときのあんたよ」

大学職員はつらい。

投稿者 hospital : 2002年03月28日 11:14