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2002年03月28日

ある男の一生

レモンをひとかじり。

「すっぱああああい。」

女はそう言った。
海岸線沿いを僕は女と歩いていた。潮風が強くふくたびに

「塩っぽくていいね。」

と、女は言った。その女の名はますみ。そう、あの保険金詐欺の「ますみ」だ。
なんで、ますみ容疑者と僕は一緒にいるかというと、いとこだからだ。
ますみと従姉妹と言うのは正直辛い。あんな事件を起こす前から辛かった。
むかしから、はちゃめちゃな女だったから。でも、僕はますみのことが嫌いというわけではなかった。

ますみは女らしい女だ。肩がこると、ぼくに

「ねえ、肩もんで。」

と言った。僕は何も言わず、肩をもんであげた。当たり前のようにうつぶせになっているますみの背中はとても大きくて、本当に動物のようだった。僕は小さい頃から、その大きな背中の上にまたがり、ますみの肩をもむのが好きだった。

「胸をもんでもいいよ。」

ますみはそうも言った。ぼくはその言葉をいつも聞き流した。ますみもそれに対してどうこう言うわけではない。
僕はますみの背中に一つのゆるがない「時代」を感じていた。

ますみは保険金詐欺で捕まった。最後まで口を割らず、ついにシャバヘ帰ってきた。10年だ。
10年間もますみは口を割らなかった。世間で騒がれるにはもう新鮮味が足りない。
ますみは当たり前のようにシャバですごしている。
ますみが言う。

「ねえ、肩もんで。」

ますみの背中は今も変らない。
誰にも言えない。誰にも話せない。
それでも、いい。
僕はますみが好きだ。ますみが大好きだ。

「ねえ、胸もんでもいいよ。」

ますみが呼んでいる。
ますみの声が聞こえる。

投稿者 hospital : 2002年03月28日 11:18