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2002年05月28日

探偵物語

コロンビア産のコカインととびきりビターなエスプレッソでおれのクールでワイルドな一日がはじまる。オレはこの薄汚いオフィスで一際異彩を放つ高級で洒落た、といっても蚤の市で中国人から随分と安く手に入れた、おそらくは盗品だったであろうその革張りのイスから腰をあげ、埃だらけのブラインドの隙間から通りを眺める。休日とあって街はへらへらと薄笑いを浮かべたとっぽい若者たちで溢れてやがる。やつらの頭の中を支配する大半の部分ときたら、好きな異性とどううまくやるかと贔屓のタレントのことだけだ。それからオレは朝刊に目を通す。電車内で携帯電話を注意され殺人。悪戯に腹を立て自分の子供を虐待死。
 まったくこの世は信じられねえキチガイどもで溢れてやがる。その痛ましいそれでいてどこか滑稽な悲劇ひとつひとつにオレはため息をつく。それからオレは、あまりにくだらない、あまりに平和すぎるひとつの記事をみつける。今年の長者番付ってやつだ。オレと同い年の歌い手の名がそこにある。オレはいっとう大きなため息をつく。やれやれ、人生ってのは全く不公平に出来てやがる。その名前の横に並ぶ数字は、しがねえ探偵稼業でほそぼそと暮らすオレにとって、チベットの修行僧とリオの踊り娘ほども縁がねえ。電話のベルが鳴る。オレは持っていた新聞を放り投げ、受話器をとる。

「はい、こちら石村洋ニ郎探偵事務所・・・あー、みかたん!おっはー!昨日ごめんね、急にお仕事はいっちゃったんだよお。ごめんねごめんねほんとにごめんね。うん。うん、うん。ほんとお、みかたんケーキ作ってるんだ。たべたいたべたい超たべたい。んー?ヨッピーはねー、今ねー、新聞読んでたんだよ。偉いでしょ。うん。ヨッピー、長者番付みてたよ。うんうん。そうそう。超すっごい。アユとか超すごい。ヨッピーも芸能人になっちゃおっかなあ。えーほんと?なれるかなあ。うん。うん。そうそうカラオケはね、ちょっと自信あり。ヨッピーのグレイやばいよね。つうかまじテルはいってるよね。ねー。そうだねー。うん。じゃあ今度オーディションとか受けてみよっかなあ。あはは。まじ歌手になっちゃうかもよ。あはははあ。でもヨッピー有名になっても、みかたんだけのヨッピーだからね!ほんとだよ。ヨッピー嘘つかないよおお。えへへへ。あっ、誰かきたみたい。またあとで電話するね。うん。ばいちゃ。」

受話器を置き、ドアを開ける。
上等なスーツで身を包んだ恰幅のいい髭面の男が立っていた。

「あんたの噂をきいたよ。仕事を頼みたいんだ」
「ふむ」
「人を捜して欲しい。やってくれるか」
「ちょっとまてくれ。もう少し詳しくきかせてくれよ」
「女だ。女を捜して欲しい」
「ふむ」
「元モーニング娘の・・・」

オレは男の言葉を遮り、こう告げる。

「すまないが、帰ってくれ。そいつぁあどうもオレ向きじゃあない」

 ドアを閉め、デスクに戻り、オレは再び受話器をとる。かけ慣れた女の家の番号をまわす。特別な用はないのだが、ここでオレが電話をかけないとなると、女はヒステリックにオレを罵倒するであろう。まったく女ってのはめんどくさくっていけねえ。

「みかたーん。ヨッピーだよお。あのねーいまねー変なおっさんが来ちゃってさ。モームスがどうとか言ってんの。まじうざい。オタクはいってるよ。きもいよね。ん?えー?今からー?ヨッピーいま仕事中だよ。うんうん。え、ほんと?いいとも見にいくの?すごおい。いくいくー。ヨッピーいくー。じゃあ1時間後に新宿東口ね。遅れちゃだめだぞ!みかたんいっつも遅刻するんだからあ。あ、また誰か来たみたい。じゃあ、あとでね!」

受話器を置く。ドアを開ける。
さっきの男が立っている。

「たのむよ」
「すまないね。今日はもう店じまいだ」
「金ならあるんだよ」
「悪いが他あたってくれよ。オレは芸能界ってやつにゃあ疎くてね」
「・・・」
「さあ帰ってくれ。オレは忙しいんだ」

ドアを閉め、デスクに戻る。両切りピースを咥え、ライターを捜す。
すると、ドアの向こうからまた男の声。

「おーい、ヨッピー!」
「!!!」
「へへへ。あんたの声、さっきから廊下に筒抜けだったぜ、ヨッピーさんよお」
「う・・・」
「うぷぷぷぷ。ヨッピー!ヨッピー!ヨッピーは今日みかたんと笑っていいとも!うひゃひゃひゃ。気取ってんじゃじゃねえぞ、ヨッピーのくせに。ぷぷぷぷ」

オレは引き出しを開け、44口径オートマグを取り出し、弾丸が入っているのを確認する。安全装置をはずし、両手をそえ、体と垂直になるようそいつをゆっくりと胸の高さまであげる。足を開き、腰に力をいれ、顎をひく。そしてその忌々しい薄っぺらなドアに向かって引き金をひく。

投稿者 hospital : 2002年05月28日 13:57