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2002年06月28日

チャイルドフィンガーズ

東京の下町で生まれた俺とアキラ。親父は小さな工場をやっていて、油の臭いと、いつも鳴っていた機械音に俺達兄弟はいつも腹を立てていた。母親はホステスをしていたが、俺が中学に入るころには蒸発していた。弟のアキラは蒸発の意味がわからず、理化の時間、先生に質問し、先生を困らせたらしい。
ところで俺には小指がない。小学3年のとき、工場で遊んでいてうっかり機械に挟まれ切り落としてしまったのだ。まあ、今思えばタイした事ではない。俺の平凡な人生がそのせいだとは到底思えない。

時は流れ、俺も30になった。アキラとはここ3年ほど連絡をとっていない。どこで何をしているのか。そんな時だ。突然アキラから電話がかかってきたのは。
「おう。明日、試合があんだけどお前来るか?」
「え?試合?何のだよ。」
「ごめんごめん。野球だ。場所は江戸川のグラウンド。朝10時集合だから遅れんなよ。」
「ああわかったよ。まったく久しぶりに連絡よこしたと思ったら野球かよ。お前こそ遅れるなよ。」
「ああ。絶対に遅れねえよ。絶対にな・・・。」
「それじゃあ明日な。」
電話を切り、物置にしまってあったグロープをひっぱりだした。野球か。ずいぶん久しぶりだ。よくアキラとキャッチボールしたな。俺は野球よりも久しぶりにアキラに会えることが嬉しかった。

次の日。俺は10時過ぎに目を覚ました。遅刻だ。しかし、たかが休日の野球。と思っていたが、着いてみると全員集合しているらしい。遅れて来た俺の顔を皆が青い顔をして眺めた。俺は本当にすまなそうに
「遅れてすみません。」
と言った。するとベンチの影にボコボコにはれあがった顔をしたアキラがいて
「お・おう。遅かったな・・。遅れるなって言ったのにな・・。」
と言った。
あきらかに危ない男が一人いた。皆から渡辺さんと呼ばれているその男はチームの監督だった。というより、チームメンバー全員が明らかに危なかった。全員、眉毛がなく、全員修羅場をくぐった目をしていた。それよりもわかりやすいのが全員小指がなかった。そして更に危ないのが対戦相手だった。バットの代わりに日本刀を持っていた。グローブの代わり・・と言ってはなんだがピストルを持っていた。
「お前ら、野球やるんじゃねーのかよ!!」
俺はつい突っ込んでしまったが愚問だった。野球ではない。戦争だ。平たく言ってしまえば、俺は渡辺組と山口組の抗争に巻き込まれてしまったのだ。
「なんでだよ!!」
とアキラに問い詰めると、
「まあ、お前も小指ないし♪」
とあっさりと言われた。『♪付き』で言うな!小指ないからってヤクザの抗争に兄を巻き込まなくたっていいじゃないか!!大体なんでお前はヤクザになってるんだ!!俺は泣きそうだったが渡辺さんに
「右手の小指もいらないの?」
と聞かれ
「いります!」
と即答。それと同時に右手に日本刀を手にした。アキラはピストルを持った。他のみんなもいろいろな武器を持っている。5月のよく晴れた日曜日。江戸川のグラウンドで試合が始まった。12時プレイボールだ。

一回の表。山口組の攻撃。と言ってももちろん渡辺組も攻撃した。結局、こちらは3点というより3人死んだ。そして5人殺した。渡辺組2点のリード。一回の裏。渡辺組の攻撃。今回は一回の表に弟を殺された山口組の川口が大活躍。6人を殺した。これにひるむかと渡辺組も4点奪取!9-9の同点だ!2回の表。山口組の攻撃。監督の山口さん自らバット(刀)を持って闘いに参加。これが仇となって山口組は一気に攻め込まれた。山口さんは心臓を貫かれグラウンドに倒れこんだ。2回コールド。渡辺組の勝ちだ。

こうして試合は終わったが俺の闘いはこの瞬間から始まった。試合終了後、事務所に連れていかれ、親分と杯をかわした。刺激的な毎日が始まり、俺は日々の退屈を忘れた。あさっては川島組との試合がある。その次は関西進出だ。さっきの試合でアキラは死んだ。

―20年後―

良く晴れた日曜日の午後。俺は江戸川のグラウンドで一人野球を見ていた。大学生の野球サークルがどこかの小さな会社の野球チームと試合をしている。勝っても負けても楽しい試合を。試合の後はおいしいビールを。そんなのどかな風景がほほえましい。俺は思う。人生何がいいのかわからない。退屈の中にいようが闘いの中にいようが大差はない。
俺は両手を空に掲げ、左手の薬指を誇らしげに眺めた。唯一残った指が左手の薬指。皮肉だぜ。
そうつぶやいた瞬間。何者かに後ろから心臓を貫かれた。
「虎善さん・・すんません!!すんません!!こうするしかなかったんす!!」
俺の組の若い者だった。

9回裏。植松組。ピッチャー交代。俺の戦いは終わった。

なかなかいい人生だった。グラウンドに寝転んだ俺は、20年前ここで死んだアキラのことを思い出していた。

投稿者 hospital : 2002年06月28日 14:22