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2002年06月28日

たかお、自意識過剰

自意識過剰を治すために俺は山にこもった。

 そんな俺を心配して友人が俺を探し回っているだろう。山にこもって三ヶ月目、心配になって携帯のメールチェックをしてみたのだが誰からも入っていない。電波バリバリ三本立ってるのに。電波バリバリ三本立っているのに。ドコモにだまされた気分になりためしにかかるか親友のけんじに電話をしてみた。

「ごめん、心配かけてごめん。たかおだ。」
「わりぃ。また後にしてくれ。」

 わりぃ、けんじ、忘れていた。基本的にけんじは素直になれない男だったな。ちなみに「わりぃ」という彼の口癖は俺のものまねだ。更に言うと元祖コギャルは俺だ。

 ところで自意識過剰の俺には山の生活がぴったりだ。なぜって人の目がないから。人の目はいつも俺をしめつけた。みな俺のことを見るからだ。こうやって他を意識せずに暮らしていくのはとても心地よい、新鮮な世界だ。ところで、けんじ、あんなきり方をして俺にすまないと思っていやしないか心配になってきた。電話をしてやろう。

「全然気にしてないからな。心配するなよ。」
「わかった。また後でな。」

 速い。通話時間5秒だ。5月は俺の誕生月だ。それにちなんできりやがったなけんじめ。50秒だってかまわないのに。50秒だってかまわないのに。いきな演出だ。俺の真似だな。

 山の生活もすばらしいが、みんなを心配させるのはとても忍びない。俺は駅へ向かった。そろそろみんなを安心させてやらなくちゃ。京王線高尾山口駅、俺の名前にちなんでつけられたその駅へ行く途中何人もの女性と目が合った。まったく困っちまう、山から下りたとたんこれだから。電車も心なしか俺を意識しているかのようだ。俺の走りっぷりにどことなく似ている。この感動を親友のけんじに伝えよう。

「あのな、京王線な、俺に似て・・・」

 電話が切れた。頭の切れる俺にちなんで切ったのだろう。けんじめ、相変わらずいきな演出だ。

投稿者 hospital : 2002年06月28日 14:42