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2002年07月28日

習うより慣れろ

 人間とは都合よくできている生物だなと感じることがある。たとえば

「温度が50℃の熱湯のお風呂にいきなり飛び込む」

 ことと

「温度30℃から初めて、徐々に50℃に加熱していく」

 場合を考えていくと、当然のことながら30℃から徐々に身体を慣らしていったほうが楽に決まっている。そして、私はこれを普段から日常生活に活かしているのだが、この「何事も徐々に慣らしていけば、結構楽。」という事に関する私独自の実験の結果を以下に記したい。願わくばこれらが読者諸氏の便利な日常生活の一助とならんことを。

 まず、雨だ。大抵の雨は最初から土砂降りということはない。しとしとと降り始めてくるのが一般的な雨の降り初めだ。君が例えばカフェで「今にも一雨きそうな曇り空」を眺めながらお茶をしていたとしよう。すると、しとしとと控えめながらそれは始まるのだ。君は傘を用意してこなかったことに気づき、その雨が止むまで本でも読んで過ごそうか、あるいは駆け足で目的の場所へ急ごうかなどを考えてみることだろう。しかし、私は雨が降ってきた瞬間に外に駆け出す。何事も最初が肝心で、雨が弱いうちに体を慣らしてしまうことを実践するのだ。

 雨の中へ駆け出す。そして降り始めの雨を全身に受けながらおよそ一時間、その場に両手を挙げ、目を閉じて、私は立ち尽くしているだろう。そうすることによって徐々に激しくなる雨など、すでに私の意識には無い。理解の良い読者ならお気づきのことだろう。そう、「傘いらず」だ。しかし、台風や大雨洪水警報などが発令されている時には注意が必要だ。「雨が好きな人」と勘違いされる恐れがあるからだ。さらには氾濫した水などによって流される恐れもある。しかし、これも徐々に慣れていけば、とるに足らないことであることは想像に難くない。

 また、苦痛に関しても同じことが言える。右手にナイフを持って自分の眼球にゆっくりと近づけてみてほしい。もちろん何秒か後にはそのナイフの切っ先は君の眼球に到達するだろう。しかし最初は眼球の表面に軽く傷をつけるだけだ。すこしの我慢で君はその痛みを克服できるはずだ。さあ、ゆっくりと、着実に眼球をえぐろう。伊達正宗の気持ちがわかるだろう。これもまたうれしい。この夏、私はスマートに眼帯生活だ。さあ、眼帯ゲットだ。ビームスへ急げ。

 半年くらい前から私が実践している事がある。それは一日1cmだけ、すこしずつズボンとパンツを下にずらしていくというものだ。元来、私は下半身半裸が好きで、しかし最初から下半身半裸だといささかまずいという世間的通年がある以上私はこの実験的方法に着目したのだ。

 お察しの通り今では下半身半裸を気づかれる事も無く日常生活を謳歌している。習うより慣れろ。そうゆうことなのであろう。私はこのことを下半身半裸で主張しつづけていくつもりである。

 刑務所の生活に慣れるのは一体いつのことだろう。

投稿者 hospital : 2002年07月28日 15:00