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2002年07月28日

クロスチョップな女

朝6時。俺は渋谷にいた。あたりには俺とカラスとクラブ帰りの若者達しかいない。
遠くに黒い点が見えた。朝靄で遠くがよく見えない。黒い点はだんだんと大きくなってきた。
点ではないかもしれない。人?人だ。ものすごいスピードで走ってくるではないか。
女・・女だ。長髪の女だ。なんてスピードだ。ん?あの女・・・早苗じゃないか。
こんな朝早くどうしたんだ。ジョギングなんていうスピードではない。全力疾走だ。ん?なんだ?鬼の形相だ。
なんだ?右手を地面に平行に突き出している。そして俺にそのまま直進してくる・・

ラリアートだ!

寸前でラリアートと気付いた俺はギリギリのところでかわした。
振り返ると、早苗は有り余るスピードをなんとか押さえ、ユーターンをした。
そして、また俺のほうに向かって走ってきた。
今度はなんだ。あいかわらず右手を地面に平行に・・。なんと芸のない女。またラリアートか。
そう思った俺が馬鹿だった。よく見ると今度は右手にバイを持っていたのだった。
早苗はかわした気になっていた俺の顔にパイを投げつけた。
顔面パイまみれになった俺はキレた。反撃だ。
俺はライトクロス一発でしとめることにした。カウンターだ。
どうせ早苗は全力疾走で俺に向かってくる。
あいかわらず全力疾走しか出来ない女だ。昔からそうだった。もう1年も前だ。

まっすぐな瞳でいつも俺を見据えていた早苗。嘘をつけない一直線な女だった。
でも、俺はあいつのそんなところが嫌いで別れを告げた。
傷つけたことは謝る。だが、手加減はしない。正々堂々返り討ちにしてやる。

早苗はまたも全力疾走で走ってきた。今度はなんだ。右手と左手をクロスにして・・・飛んだ!

しまった!クロスチョップだ!!

次はドロップキックだと思っていた。早苗はそういう女だった。昔こんなことがあった。
あいつの誕生日に俺が代官山のオシャレな店でケーキを買っていった時、あいつはあまり喜ばなかった。
「コージーコーナーのシュークリームの方がおいしい。」と早苗は言った。そういう女だった。
だからこそ、今度は絶対にドロップキックだと思った。
クロスチョップなんて軽やかな技を思いつく女ではなかったのだ。
不意をつかれた俺は真正面から食らった。道路に倒れた俺は空を眺めた。すると、また黒い点が見えた。
なんだあれは。動いている・・鳥か?いや・・違う!人だ・・・女だ・・・・・早苗だ!!!

今度はなんだ。
早苗は倒れた俺にとどめを刺すために向かいのビルの上から飛び降りたのだった。
ニードロップの態勢で降りてくるではないか!
意外だった。早苗は正直で強い女だったが、女らしい優しさを持っていた。昔こんなことがあった。
シシャモを食べた時だ。頭から尻尾まで全部食べた俺を涙をためて眺めていた早苗。
『どうせ食べて殺してしまうのに、焼き殺してから食べるのはおかしい。二度も殺す必要ないじゃない。』
早苗はそう言って、必ず魚も肉も生で食べた。
間違ってもとどめを刺すような女じゃなかった。

そんな早苗がニードロップで俺にとどめを!早苗はもうスピードで降りてくる。そして俺の上に降り立った。
俺は血を吐いた。内臓も破裂しただろう。うつろな目で早苗を見上げた。
早苗は腰に手をあて得意げに俺を見下ろしていた。

「あたしも変わったわよ。」

早苗はそう言い残していなくなった。
東京が早苗を変えたのか、それとも俺が変えたのかわからない。
俺は消えゆく意識の中で真正直に早苗を愛さなかった事を少し後悔していた。

投稿者 hospital : 2002年07月28日 15:02