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2002年07月28日

濃すぎた男

朝から雨が降り続いている。俺は新宿都庁の前までやってきた。
こんな所に用はないのに。タバコでも吸おう。あれ?ライターがない。
ついてない日はとことんついてない。俺がタバコをしまおうとしたその瞬間。
だれかが俺の前にライターを差し出し、火をつけた。

「ありがとう。」

俺はそう言って顔をあげた。見たことのない男が立っていた。

「どうも。ケイン濃過ぎです。」

確かにケインコスギを5倍ほど濃くしたような顔をしていた。そいつは俺に言った。

「うまく行けばケインコスギになれたんです。でも、そううまくは行かなかった。結局、僕はケイン濃過ぎ止まりです。」

そいつは悲しい目を俺に向けた。俺は返す言葉が見つからなかった。

「見てください。まずは眉毛です。」

俺はそいつの眉毛を凝視した。確かにきれいに一本につながっていた。しかし手入れをすればどうにかなっただろうに。

「確かに。手入れをすればいいんです。でも、できないんです。ウチの家系は血も濃いんですから。」

そう言うと、そいつはポケットから一枚の写真を取り出した。

「私の父親です。どうです?」

確かに父親も息子同様、濃い顔をしていた。眉毛はきれいに一本につながっていた。

「わかったでしょう。次へ行きます。次はヒゲです。」

なるほど。ヒゲはきれいに剃ってあったが、青々としていた。

「いくら剃っても意味がないんです。剃っても剃っても青くなるだけです。ケインコスギのさわやかさとは程遠いでしょう。」

そいつはそう言うと泣き出した。涙が頬を伝って流れ落ち・・・なかった。
これは涙か?透明のゼリー状の物体が目から噴出していた。

「涙も濃いんです。泣いても救われない男なんですよ。」

そいつはそういうと右手で涙をぬぐった。その瞬間、俺はそいつの長袖シャツから少し見えた腕に目を奪われた。体毛と呼んでいいものか。黒い毛の大群がそいつの腕を覆っていた。

「見えたでしょう。いいんです。遠慮せず見てください。慣れてますから。」

俺はそいつがかわいそうになってきた。何か言ってやろうと思ったが言葉が見つからない。
しどろもどろしている俺にそいつは言った。

「わたし、濃いをしてるんです。片思いなんですが。本気で愛してるんです。どうしたらいいでしょう。」

どうしたらいいだろうか。第一、言っていることがよくわからない。

「恋・・をしてるんだろ?」
「いいえ。濃いです。どうしたらいいでしょう。」

かわいそうだが俺はそいつを見捨てることにした。どうしようもない。俺は火をつけてもらったお礼だけ言い、そいつの前から立ち去った。

あいかわらず雨が降っている。雨が俺の頭皮に落ちてくる。
俺は若ハゲの自分の頭をなでながら、生まれて初めて「薄くて良かった。」と思った。
生きていればたまにいいことがあるものだ。

雨の新宿での出来事だ。

投稿者 hospital : 2002年07月28日 15:06