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2002年08月29日

演劇的世界

 200X年、世界はイデオロギー論争に終焉を迎えようとしていた。社会主義、民主主義の限界が明白になり、そして新たに『演劇主義』というものが採用されるようになった。それは社会主義、民主主義における両者の欠点を補完するものだったのだ。

 その演劇主義というものは簡単に言うと政府を演出家と見立てた企てである。優秀な演出家をトップに置き、政策その他を決め、それを補う機関として舞台監督や照明に当たる人事を置くのである。いわば、政治その他を演劇になぞらえたモノだ。つまりすべての市民は演出家によって役柄を与えられ、その役割を全うすることを義務づけられるのである。市民一人一人がコンピュータにより完全管理され、DNAその他環境によって形成される人格に適した役柄を与えられるようになったのである。人は自分が生きる道を悩むこともなくなり、よって大きな社会的混乱が世の中から消えた。

 その演出家により市民へ付与された役柄は絶対的であり、それに反抗することはナンセンスとされた。与えられた役柄をこなすことはすべてに優先され、それが社会の秩序を形成するようになったのだった。この制度改革により戦争はなくなり、また自分に一番適した役柄を全うできるとあって政府に不平をもらす者も皆無となった。

 さて、私に関して話そう。その演劇主義がスタートした時、私も含め友人知人全員は政府により役柄を与えられることとなった。商社マンを止め漁師になった者もいれば、アルバイト暮らしが突如として億万長者の役目を与えられたことだってあった。しかしながら、その演出は優秀なコンピュータによって吟味されただけあり、完璧だった。商社マンだった友人は笑顔を絶やすことなく毎日海へと出ていく。億万長者になった彼においては言うに及ばずであろう。

 そんな中、私に与えられた役柄は『風の役』だった。その通知が来たときはさすがに冗談かと思ったのだが、行政に問い合わせてみても「コンピュータがはじき出した結果ですから」としか言わない。『風の役』だなんて小学生の学芸会にありそうな役柄じゃないかとはじめは憤りを感じたものだが、政府が決定を下した以上逆らうわけにはゆかず、今では風の役を全うしている。ひゅー。ひゅー。と言いながら私は街中を走り続けている。今日も、明日も風の役だ。

 夏になれば爽やかな涼風を演じ、冬になれば吹きすさぶ寒風を表現するのだ。これが私の役目だったか、私は風が適していたのだった。友人の中には『木の役』を与えられた者だっている。中には『鉄アレイの役』という訳の分からない役柄を与えられ途方に暮れていた者までいるのだが、みなに共通するのは一様に笑顔だということだ。みな、笑顔でそれぞれの役柄を演じている。鉄アレイの友人は、ボディービルダーの役柄を与えられた者によっていつも持ち上げられている。上下運動する彼は不思議と笑顔なのだった。

 多様性がパンク寸前になった一昔前、我々はその多様性に飲み込まれていたのかもしれない。今、多様性というものは死語となった。しかしみな幸せそうな顔をして生きている。多様性の時代、みな自由という足かせをつけられていたのかもしれない。

 風に適していると言われたからには私も生涯風の役を全うしよう。夏にはあなたの頬を撫でる涼やかな風でありたい。ひゅーーー。

投稿者 hospital : 2002年08月29日 09:22