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2002年09月29日

憂鬱をぶっとばせ

憂鬱だ。実に憂鬱。胸が、こう、なんていうか、もやもやあっとする。ちがうな、うにゃうにゃあ。むにゃむにゃあ。とにかくそんなかんじだ。この気持ちをどうにか吹き飛ばす方法はないものか。オレは考える。じっと考える。すると憂鬱の野郎が頭をよぎり、いつのまにかオレの頭を支配する。さっきからこれの繰り返しだ。だめだ、考えるなオレ。頭を空っぽにしろ。しかし、頭を空っぽにしようとすればするほど、頭は空っぽにしようという思いが頭を支配し、そこにひょっこり憂鬱が入り込み、いつのまに憂鬱がオレの頭を占拠する。まいったなあおい。そうだ、なにかしよう。夢中になるなにかを。憂鬱を忘れさせる何かをしよう。

そこでオレは何かをしようとしてみるのだが、何もすることがみつからない。正確にいえば、この部屋には何かするためのものが何もないのだ。畜生、テレビもパソコンもあいつらに持っていかれちまった。何もない部屋を見渡し、ため息をつく。憂鬱が胸いっぱいに広がる。隣の部屋からテレビの音が聞こえてくる。オレは気分をまぎわらすためにそいつを聞こうと壁に耳をつける。隣人め、笑っていいとも増刊号を観ているな。なにやらタモリが面白いことを言った。観客が大うけだ。しかし聞こえたはずのそんなタモリのギャグにオレはてんで笑えてない。うわの空なんだ。うわの空。ん、うわの空ってなんだ。どういうことだ。うわってなんだよ。そうだ、空だ。空にヒントがあるはずだ。窓を開け、空を眺めてみる。澄み渡る空。青いなあ。青い。ブルーだ。オレのこころもブルーだよ。気分がブルーで空もブルー。わははは、こりゃいいやとオレは腹を抱えて笑い、一瞬憂鬱を忘れかけたが、さして面白いことではないことに気づき、空しさがオレを襲う。お空をみて空しくなっちゃった。だははは。と、笑えるわけはなく、憂鬱はオレの顔をひきつらせる。煙草を吸って気分を落ち着けることにする。マイルドセブンを捜す。マイルドセブンはうまい。オレはマイルドセブンが大好きだ。大好きなんだよ、マイルドなセブンちゃんがよお。しかし、ようやくみつけたところで、中身は空っぽ。ふざけやがって、何がマイルドセブンだ、意味不明な名前つけてんじゃねえよ、とオレはその空箱をびりびりに引き裂いてやる。気分がむしゃくしゃする。イライラする。加えて憂鬱である。しかし、いったいぜんたい、なんでこんなことになっちまったんだ。どこでオレの人生はおかしくなっちまったんだ。勉強もスポーツもそこそこできたし、一応大手と呼ばれる会社に入った。堅実な人生だったはずだ。何事もそつなくこなしていたはずだ、あの女と結婚さえしなければ・・・。ん、そつなく。そつ?そつってなんだ。そつってなんだよ。オレはそつを調べようと広辞苑を捜すが、それは先週、古本屋に売っちまったことに気づく。そして、その広辞苑は高校入学祝いに父がくれたものであったことと、その高校時代の思い出と大学時代の思い出ともう故人となった父との思い出なんかが走馬灯のように頭の中を駆け巡り、もうあの頃には戻れないのかと憂鬱はさらに加速していく。ああ、憂鬱。まったくもって憂鬱だ。突然に、そうだ、こうして家に閉じこもってるから憂鬱なのだとオレは思う。すぐさま家を飛び出す。まるで憂鬱から逃げるように猛スピードで走る。がむしゃらに走る。しゃにむに走る。息が切れる。ふらふらしてくる。ここんとこ何も食べていないことを思い出す。公園のベンチで一休みする。子供がブランコに乗っている。ぶら-んぶらーんとブランコに乗っている。ははーん、子供がぶらんぶらんするからブランコなのだなと思い、ニヤニヤしていると通りかかったオバハンがこっちを不審そうに見てやがる。おい、オレは変質者じゃねえぞ。畜生。くそう。すぐに腰を上げ、公園をあとにする。しかし、行くあてがない。いったいオレはどこへ行けばいいんだ。突然にひらめく。そうだ、どこか遠くへ行こう。誰も知りあいのいない、行ったことのない街で新しい生活を始めよう。あいつらにみつからないどこか遠い街へ。早速オレは駅に向かって走る。猛烈に走る。別に走る必要もないかと歩く。高円寺駅が見えてくる。高円寺という吉田拓郎の歌を思い出す。そして吉田拓郎の夏休みという歌も思い出す。頭の中でその曲が流れ出す。郷愁の念にかられる。幸せだった子供時代を思い出す。悩みなどなかった子供時代を思い出す。そしていまのオレの情況を思い涙が溢れる。泣きながらポケットをさぐる。100円玉がひとつと10円玉が3つ出てくる。これでは遠くにいけないことに気がつく。さらに涙があふれる。突然思い出す。隣の駅である中野に友人の山本がいることを。中野なら130円でいける。中野に行って山本に金を借りよう。きっと貸してくれるはずだ。山本にはよく、新宿のつぼ八でおごってやった。しかし、一年前に、そのつぼ八で山本と大喧嘩をして絶交していたことも思い出す。てめえなんか最初っから大嫌いだったんだよ、と心にもないことをオレは山本に言ってしまった。本当はオレは気のいい山本が大好きだった。なにが「好きです、つぼ八」だくそったれめと、関係のない白木屋の看板を蹴り飛ばす。と、同時にあのマスコットの髭の親父があいつらの一人に似ていることを思いつき、にやりとほくそ笑むが、すぐにあいつらとの約束を思い出し憂鬱になる。山本にちゃんと謝ろう。山本は優しいやつだからきっと許してくれるさ。そして金も貸しくれるはずだ。その金であいつらから逃げるんだ。駅に着き、オレはなけなしの130円を握り締め、券売機に並ぶ。前の客が千円札を券売機に入れる。千円札は戻ってくる。もう一度入れる。また戻ってくる。イライラする。やっと千円札が入る。前の客は一歩後退し、値段表を見上げる。なぜ買う前に見ておかないかとオレは怒りのあまり卒倒しそうになる。しかし、振り向いた前の客がかなりの美人でなんとなく許せる気持ちになる。と、同時にあんな美人とやってみたいと思い、女房としか経験がないことがとても悲しくなる。悔しさもこみあげてくる。出会ったときから浮気もせず、せっせと働き、あんなにあいつにつくしたのに、あのアマ、ホストなんかに・・・。震える手で硬貨を入れ、切符を買う。そして改札を通った瞬間、オレは思う。中野なら歩いていけばよかったのではないかと。ついにオレは一文無しになっちまったわけだ。しかし、オレには山本がいる。ホームへのエスカレーターに乗る。電車が着いた音がする。乗り遅れまいとオレはエスカレーターをかけ登る。が、途中、高校生のカップルが一段を占領し前に進めなくなる。へらへらしやがってこのやろう。どけよ。どいてくれよ。しかし気の小さいオレはその金色に頭をそめたカップルに何もいえず、結局その電車をのがしてしまった。まあいいさ、すぐにまた来るさと次の電車を待つ。なかなか来ない。ホームに立つオレにある考えが浮かぶ。果たして、山本は家にいるのだろうかと。もしや引っ越してやしないか。たしか、あいつは長男だったから田舎に帰ったなんてことはないだろうか。不安になる。たまらなく不安になる。山本に会えないとなると、オレは完全になすすべなくあいつらに捕まっちまう。その先のことを考えると、憂鬱で憂鬱でたまらなくなる。ぶるぶると体が震える。憂鬱が完全にオレを支配したような気になる。ようやく阿佐ヶ谷方面に電車が来るのが見える。が、列車が通過します、とアナウンスはいう。特急あずさだ。逃げた女房の名前があずさだった。おもえば、あいつの残していった借金のせいでオレはこんなめに。なにが特急あずさだこのやろう。なにが明日までに500万用意しろだ、あいつらめ。なにが旅に出ますごめんなさいだ、あずさめ。オレは目の前を走りぬけようとする特急あずさ18号に飛びかかった。その瞬間、憂鬱は、オレの手や足や目玉なんかと一緒に、どっかにぶっとんでいっちまった。

投稿者 hospital : 2002年09月29日 09:30