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2002年09月29日

けっぱれ安吉

安吉の夢はストリートミュージシャン。
駅前で歌えば、そのときからストリートミュージシャンを名のられるこのご時世で、なにが夢だとみなさんは思うかもしれません。
しかし、安吉の住むこの村じゃそうは簡単にいかない。村には駅がなく、あるのは日に二本だけのバス停。夜中に道を歩く人は少なく、安吉の家から一番近い家まで1キロも離れているというそんな環境なのですから。

「こんなへんぴな所で歌っても、聴きに来るのはタヌキかイノシシくらいだっぺ」

と、安吉はこの村に生まれたことを不幸に思い、はやく都会に出てストリートミュージシャンになりたいものだと悶々としながらも、ストリートデビューのその日に向けて、毎日熱心に弾語りの練習をする夏休みある夜のことでした。
テレビを見ていた安吉の目に、東京の駅前で歌う、安吉憧れのストリートミュージシャンたちの姿がとびこんできます。汗をかき、ギターをかきむしり、観客の手拍子の中、夜空に歌声をひびかせるストリートミュージシャンたち。

「やっぱかっこいいなあ。いかしてるっぺ。おらもはやくストリートで歌いてえだ。はやくあそこに仲間入りしてえだ」

いてもたってもいられなくなり、安吉は決心します。

「明日、東京さいぐっぺ。東京さ行って、駅前で歌って、ストリートミュージシャンになるっぺ」

とうとう、ギターひとつぶら下げて安吉は上京します。
初めてみる都会の景色に安吉はちょっぴり緊張気味。でもその胸の内には、めらめら燃える魂を秘めているのでした。
大きなビル群を見上げて、安吉はいま新宿にいます。街は祭りのように賑やかです。しかし安吉は怯みません。この喧騒の中、みなに自分の歌声を気づかせてやるとやる気まんまんです。

「さあ、歌うっぺ」

そのとき、ギターを担いだ若者達が安吉のもとへとやって来ました。

「おい、てめえどこで歌おうとしてんだぜ。ジュクはおれたちの縄張りだぜ。さっさとずらかるんだぜ」

こうして安吉は新宿では歌わせてもらえませんでした。
次は渋谷。その人の多さに驚きつつも、こいつはやりがいがあると安吉は燃えています。

「よおし、歌うっぺ」

そのときタンバリンを持った若者達がやって来ました。

「おい、ここはおれたちの縄張りじゃん。おれたちのストリートじゃん。おまえ歌ったら殺すじゃん」

またしても安吉は歌わせてもらえません。
その夜、安吉はストリートミュージシャンのいない駅を捜して東京中を電車で巡るのですが、どの駅で降りても、ストリートミュージシャンはいます。そして、みながみな縄張りを主張し、安吉は歌わせてもらえません。
ついにたどり着いた中央線高尾山駅。やはりそこにも一人のストリートミュージシャンがいるのでした。安吉は頭を下げて言います。

「おねげえでさあ。歌わしてけろ。おらにも東京で歌わしてけろ」
「だめさ。ここはオレの縄張りなのさ。東京にはもうお前の歌えるところはないのさ。田舎者は田舎に帰ればいいのさ」

と冷たく追い返されてしまうのでした。

「冷たすぎるっぺ。東京の人は冷たすぎるっぺええええええぇぇぇぇぇぇ」

翌日にもう安吉は村に帰ってきてしまいます。
夢破れた安吉に家族はどう接していいかわかりません。お父さんもお母さんも妹の和子も優しい声をかけてみるのですが、安吉はだんまりをきめこんで、農作業も手伝わず、部屋に閉じこもっています。そして、物置に放り込んだままの愛用のギターにはクモの巣がはる始末。
ある夜、家族は安吉だけを残し、どこかに行ってしまいました。誰もいないのをいいことに、安吉は久しぶりに部屋から出て、居間でテレビを見ていました。すると、そこへ従兄弟のたけし兄ちゃんがやってきました。

「安吉、ちょっとくるっぺ」
「え?」
「とにかくオレの車にのるっぺ」
「いやだっぺ、いまめちゃイケがいいところなんだっぺ」
「ほれ、いいからくるっぺよ!」

強引に助手席に乗せられて、ふてくされ気味の安吉に、たけし兄ちゃんが語りかけます。

「おめえ、ギターやめちまったんだってな。和子にきいたっぺよ」

安吉にギターを教えたのはたけし兄ちゃんでした。ハンドルを握るたけし兄ちゃんの横顔はどこか少し寂しそう。

「おめえのギター、いい線といっとると思っとったんよ、おれは」
「・・・・」

安吉は口を開こうとしません。それでもたけし兄ちゃんは語りかけます。

「歌はのう、おめえの歌は、きいたことないでしらんけどなあ」
「・・・・」

もうやめたんだ。歌はもうやめたんだ。ストリートミュージシャンなんてもうやめたんだ。そう心に思いながら、安吉は何も言わず、じっと、ギターだこがいくつもできた自分の手を見つめるのでした。
ところで、いったい、たけし兄ちゃんは安吉をどこに連れて行こうとしてるのでしょう。

「着いたっぺよ」

と言って、たけし兄ちゃんは車を止め、にやりと笑います。
そこは村役場の駐車場。いったいここに何があるっていうんだ。
安吉は車を降り、あたりをきょろきょろと見渡します。すると、たけし兄ちゃんの軽トラが照らす先に、大勢の人が集まっているではありませんか。

「安吉、みんなおめえの歌ききに集まったっぺ。今日がおめえのストリートデビューの日だっぺ」
「た、たけし兄ちゃん・・・」
「ほれえ、ぼけぼけしとらんと、みんなのとこいけっぺ」

あっけにとられた安吉を、村人全員が拍手でむかえます。安吉の家族もそこにいます。村長さんまでが来ています。
妹の和子が安吉のところへ駆けて来て、安吉にギターを手渡します。ピカピカに磨かれた愛用のギター。安吉の目にちょっぴり涙があふれてきます。

「お兄ちゃん、しっかり!」

和子に押されて安吉はみんなの輪の中央に。

「ほれえ、けっぱれよ、安吉。ちゃんとギターかまえんかあ」
「わかっとるっぺよ」

たけし兄ちゃんの声に、涙をぬぐいながら、安吉は照れ気味にギターをかまえます。

「おおう、そうそう、安吉、もうすぐこの村に鉄道が通るらしいっぺよ。駅ができるっぺよ。なあ、村長さん」

村長さんはうなずくと、しわがれ声で安吉に言います。

「安吉君、君はこの村はじめてのストリートミュージシャンだっぺ、けっぱってくれよ」

そして分校の同級生たちが黄色い声をあげます。

「ナウいぞ、安吉~」
「安吉くん、いかしてるわ~」
「ありがとうみんな。ありがとう。おらあこの村に生まれて本当によかっただ。こんなにあったけえ人たち囲まれて、おらあ本当に幸せものだっぺ。東京じゃあだめだったけど、おらあこの村でけっぱる。一度はギターを投げ出したけど、もういっぺんやってみるっぺ。もういっぺんこの村からやりなおしてみるっぺ。そんな思いをこめて、おらの大好きなこの曲歌うっぺ。みんなきいてけろ。そしてノリノリにのってけろ。ダフトパンクでワンモアタイム」

その夜、安吉の歌に村全体が揺れたのでした。

投稿者 hospital : 2002年09月29日 09:41