« けっぱれ安吉 | メイン | テトリスな男たち »

2002年09月29日

カツオじゃない~磯野家との遭遇~

ちわあ、三河屋です」

なんて言われたので思わず勝手口を開けてしまった。
サブちゃんが立っていた。似てるとかじゃなく、サブちゃんだった。三河屋のサブちゃん。

「やあ、カツオくん」

おれはカツオじゃない。42歳、保険会社に勤めるサラリーマンだ。

「サザエさんいるかい?」

ここは磯野家じゃない。おれの家だ。おれと妻と娘が暮らす築5年の建売住宅だ。

「いない」
「じゃあまた来るよ」

そう言って三河屋のサブちゃんは帰っていった。
なんだったんだ。手の込んだ悪戯かなにかだろうか。

「ごめんくださーい」

玄関で誰かが呼んでいる。
ノリスケだった。

「やあ、カツオくん。伊佐坂先生のところに原稿とりにきたんだけね、まだ時間かかるっていうもんだから」

おれはカツオじゃない。そしてお隣は作家の伊佐坂先生じゃなく、中古車ディーラーの高橋さんだ。

「あの、誰もいませんよ」
「なんだ、カツオ君しかいないのかあ。じゃあいいや」

ノリスケは帰っていった。
なんなんだ。気味が悪い。おれはカツオじゃねえっつうの。
電話が鳴る。

「はい、斎藤です」
「あら、磯野くんちじゃないんですか」

このブス声は花沢さんだ。まったく勘弁してくれよ。ここは磯野家じゃないんだ。そしてこの電話はパナソニックのコードレスフォンで磯野家の黒電話ではない。

「ちがいます」
「でもその声は磯野くんでしょ?」

おれは無言のまま電話を切ってやった。おれの低い声のどこがカツオなんだ。
ドッキリだ。ドッキリに違いない。カメラはどこだ。どこかにカメラが隠してあるはずだ。
また誰かきた。ウキエさんだ。

「あら、カツオくん、お留守番してるの。えらいわねえ」

留守番してるだけで誉めらてるよ。こりゃあいよいよサザエさんの世界だな。

「クッキー焼いたから、これ、よかったらみんなで食べて」
「ど、どうも」

おいおい、ウキエさんにクッキーもらっちまったよ。さっそく食ってやれ。ポリポリ。なんだほんとに焼きたてだよ。ああ、なんだかだんだん面白くなってきたぞ。さあ、どんどん来いや。あ、中島が来た。来ると思った。

「野球のメンバーが足りないんだ。磯野来てくれよう」

言うと思った。

「わるいな、中島。姉さんたちが帰るまで留守番してなきゃいけないんだ」

へへへ。カツオっぽいだろう。姉さんたち、ってくだりがなんかカツオっぽいだろ。
まあ留守番なんかしてなくても、家に鍵かけて出かけりゃいんだが、磯野家じゃあそんなことは許されない。親父の出勤帰宅と玄関まで送り迎えしなきゃならんし、家族全員で飯食わなきゃいけねえし、つまんねえことで波平とサザエは怒るしでほんとめんどくさい家だよここは。いや、ここはおれの家だった。
しかし、いいかげんドッキリでしたあってのが出てきてもいい頃だろう。まあ一服して気長に待つか。

「ただいまー」

あ、ワカメだよ。ワカメが帰ってきちまったよ。
あわてて煙草の火を消す。小学生のカツオが煙草なんぞ吸っているとなったら、サザエさん始まって以来の大事件になっちまうからな。いや、おれはカツオじゃないんだけど。

「やあ、ワカメ」
「あ、お兄ちゃんクッキー食べてる」
「ウキエさんにもらったんだ」
「でも勝手に食べちゃだめじゃない」
「ばれなきゃいいんだよ。ワカメも食えよ」
「いらない。お父さんに叱られても知らないからね」

なんてかわいげのない妹なんだ。おれは腹が減っていたのでクッキーを全部たいらげちまった。
そうこうするうちにサザエとマスオとタラちゃんも帰ってきた。どうせバーゲンでも行ってきたんだろう。貧乏くさい一家だよまったく。しっかし生で見るサザエの髪型は迫力あるなあ。

「カツオ、ワカメ、ケーキ買ってきたわよ。手洗ってきなさい」

うるせえなあ。ケーキなんてフォーク使って食うんだから手洗う必要ねえだろうが。
あーあー、勝手にこいつらおれの家でくつろいじゃってるよ。どっから持ってきたんだそのちゃぶ台。

「カツオ、ケーキ食べたら洗濯物いれてちょうだい」
「えー」

めんどくせえなあ。だいたいこの家にはフネとサザエと二人も専業主婦がいるのに、なんでこんなにガキが手伝いを強いられなきゃいけないんだよ。

「こら、カツオ。やらないと、お父さんに言いつけるわよ」

すぐこれだもんな。つうか、この洗濯物はおれんちの洗濯物だっつうの。おまえんちの誰がキャミソールなんて着るんだよ。
やや、波平とフネも帰ってきたぞ。知らない間にタマもいるし。おいおい、ついにオールスターが揃っちゃったよ。あーあー、ひとんちの台所で勝手に夕飯の支度してるし。波平は囲碁の本に無中だし。マスオが庭でゴルフの素振りをしてるし。本もゴルフクラブもおれのだぞ。ワカメ、パンツ見えてるって。タラオは髪の毛の部分をとればカツオと一緒の顔だし。ところで、なんでおめえは幼稚園に通わしてもらえねえんだ。そしてマスオはどうしてアパートを借りて家を出ようと思わないんだ。サザエもパートくらいすればいいじゃないか。おい、ワカメ、だからパンツ隠せって。あ、やべえ、おれの部屋で携帯鳴ってるよ。磯野家で携帯はまずいな。いや、ここおれんちなんだけど。
おれは部屋に駆け込み、携帯の受信ボタンを押した。

「もしもし」
「あ、あなたー。いま渋谷。もうちょっとしたら帰るから」
「おい、たいへんなんだよ。磯野家にされちゃってるんだよ、このうち」
「は?なにいってるの?」
「あ、ていうかおまえグルだろ。なあ、おい。ドッキリなんだろこれ」
「え?なにきこえない?あ、バスが着たから乗るね。じゃ」
「いや、だからさ」

電話は切られてしまった。まあ、いまバスに乗ったということはあと30分くらいで女房たちが帰ってくる。

「カツオー、なにやってるの、御飯よ。はやくきなさーい」
「はーい」

いただきまーす。さあ、始まったぞ、大家族の夕御飯タイム。

「今日はハンバーグよ」

みりゃわかるっつうんだよ。なにが、ハンバーグよだ、ひとんちの肉使いやがったくせに。ワカメもタラオもわーいとか言ってるし。

「あら、カツオ、あんたうれしくないの」

いや、ハンバーグで喜ぶような歳じゃないんだよおれは。

「お兄ちゃん今日ウキエさんに貰ったクッキーひとりで全部食べちゃったのよ。だからお腹すいてないんだわ」

あーあ、言っちゃった。決まってみんなの前でチクるんだよな、くそワカメが。だいたいクッキーごときで飯が食えなくなるなんてこたあないんだよ、おれは。

「カツオ!」

ほら波平怒った。

「あとでわしの部屋に来なさい」

でたあ。説教されちゃうんだあ、おれ。42歳、会社では課長と呼ばれ、PTA会長もしたことあるこのおれが。畜生、たかがクッキーごときで、なあに偉そうにしてやがんだこのハゲ親父が。らんま2分の1のエロ爺と声が一緒のくせに。あ、サザエ超むかつく顔してる。なんなんだよてめえは。姉貴のくせに保護者ぶりやがって。タラオには甘いくせによう。ああもう勘弁して。いつまで続くのこれ。洋子、かおり、はやく帰ってきてくれ。
あ、玄関の開いた音がする。やっと帰ってきた。あいつらこれ見てどんな顔するかなあ。いや別に驚かないのか。ドッキリだもん。ドッキリでしたー。ってカメラと一緒に来るんだよきっと。あっ!
気がつくと、サザエもフネも波平もマスオもワカメもタラオもタマも忽然と姿を消していた。腰を抜かしたおれは玄関に向かって大きな声でこう叫んだ。

「うわあああああああ。きききききいてくれよ。いいいいいままでサザエさん一家がここにいたんだよ。おれカツオ役やらされて、みんなでハンバーグ食ってて、勝手にクッキー食べたって怒られて、げ!!!」

ドアを開け、玄関を覗くと、そこに女房と娘の姿はなく、ブラウン管で知った顔が三つ並んでいるのだった。

「なにバカなこといってんだい、この子は」
「おめえ夢でもみたんじゃねえのか」
「ほんとバカねえ、まる子は」

投稿者 hospital : 2002年09月29日 09:43