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2002年10月30日

死人工場

主に深夜稼動するトラック運転手の仲間内では妙な話がたまにでる。

 テレビやニュースなどであっさりと伝えられる交通事故、天災等惨事による死人の数字がある。我々はその数字をただ漠然と受け止めることしかできない。どこかの国のとある地方で大地震がおきその結果数千人単位の尊い命が失われた、となるほど完全に対岸の火事として我々はそれを受け止めるのだが、この世界のどこかにその数字を算定する機関が存在することを昨日聞いた。死人工場というのだそうだ。

 確かにこれだけシステム化された世の中だ、それも確かにありえるだろうと妙な納得をしてしまったのだが、よくよく考えると少し恐ろしいことだと思う。間引きというのか自然淘汰さえもシステムに組み込まれてしまっていたということだった。死人工場では毎週会議が開かれたりしているのだろうか。

「それでは、1642人の死人をだします。内223人は行方不明者として処理いたします。」
「ふむ。その1642という数値の根拠は?」
「はい。先行き不透明な経済に一つの刺激を与えるのに妥当な数字かと。」
「行方不明者の数はそれでいいのかね?」
「ある程度の真実味を与えるには十分かと存じます。」
「交通事故のほうはどうなってる・・・」

 こんな会話がされているのかもしれない。考えてみるとぞっとする。しかし実際にこの死人工場は存在しているのだと言う。成長には犠牲というものが付きものなのだそうで、戦争による特需で経済が潤うことからもそれは確かに納得がいく。してみるとこの平和な世の中にそうした狂気が当たり前に潜んでいることにもなるわけだが、当たり前のように平和な街並みを見ているとかえってその死人工場の存在のことを思うと安心したりもする。当たり前のものを保持するには当たり前でないものの存在が必要だとは皮肉なことだ。

「明日の交通事故ですが、メインは東名高速道路で乗用車5台による玉突き事故、ついで名神高速、中央高速でもそれぞれ中クラスのものを予定しております。日本全国における死者の数字は合計232人・・・・・」

 真夜中の高速道路で大規模事故による渋滞に遭遇し、私はまたその謎のベールに包まれた死人工場に思いをはせているのだった。軋むクラッチを踏むのに疲れた私は先にいった同僚の安否を少し心配した。

 死人工場で生産されていなければいいが。

投稿者 hospital : 2002年10月30日 14:50