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2002年10月08日

ミニマム

コンタクトレンズを買おうと思った。
最近親しくなった女と映画を見に行ったというのに字幕がまったく見えなかったからだ。

俺は小さな町の小さな工場に勤めている。
小さな部品ばかりを作っているので、自然と近眼になった。
もう20年だ。
短かったようで長かった。
最近は何のために生きているのかも考えなくなった。
結婚はしていない。
毎日、夕方6時に工場を出てまっすぐ小さなアパートの小さな部屋に戻る。
部屋の片隅で昔聴いていたピンクフロイドのCDが埃をかぶっている。

その日。俺は小さなバーへ出かけた。
そこで女と出会い、俺達は親しくなった。

そして今日。俺はコンタクトレンズを買おうと思い、眼鏡屋に出かけた。
店員が色々と説明をしていた。

わかったから早く作れよ。

俺はイライラしていていた。明るい店内も気に入らなかった。
そんな時、さっきまで浮かれた調子で話していた店員が突然こんな言葉を吐いた。

「コンパクトベンツというのもあるんですよ。」

ベンツ?俺には程遠い物で一瞬何のことかわからなかった。
タチの悪い冗談だ。

「これでしたらコンタクトレンズと同じ値段で作れます。」
「どうせオモチャなんだろ?」
「違います。ちゃんと乗れます。見た目も性能も本物とさほど変わりません。」

どうせ嘘に決まってる。
俺は『早くコンタクトレンズを作ってくれ。』と言おうとした。
しかし、長年のつまらない日々、うだつの上がらない日々が俺の頭を駆け巡った。

「いくらだ。コンパクトベンツは。」
「3万円です。」
「それをくれ。」
「わかりました。納車は明日の夕方になります。」

夢を見ているような不思議な気分だった。
俺はその日、家に帰り、久し振りにピンクフロイドを聴いた。
まだ希望があった若い頃の俺を思い出した。

次の日。コンパクトベンツが納車され、俺はベンツを手に入れた。
信じられなかったがなんの問題もなく走れた。
それどころか見た目も街中で見かけるベンツと見分けがつかなかった。

俺は女のことを思い出し、すぐに電話をかけた。

「ドライブへ行かないか?」

車など持っていなかった俺のドライブの誘いに女は戸惑っていた。
助手席に座ってからも女は無言だった。なぜだ。

女は結局、車を降りてしまった。

まあいい。俺は久し振りに手に入れた興奮を胸にコンパクトベンツで街を走りまわった。
カーステレオからピンクフロイドが流れている。
俺はアクセル全開で首都高まで繰り出した。

ビルの間を縫うようにして走り抜け、気分は絶頂に達した。


そしてコンパクトベンツの期限が来た。


コンパクトベンツは爆発。俺は首都高のチリとなった。

投稿者 hospital : 2002年10月08日 14:58