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2002年11月27日

リング

家に帰るのが恐ろしい。

若い頃の私はどうしてあの女に魅力を感じていたのだろう。
リングの上で汗を光らせる女、その女の名は貞子。
貞子は女子プロレスラーだったのだ。


貞子がリングにあがると言うときは必ず駆けつけた。
ゴングが鳴ったらもう最後。
私は貞子から目が離せなくなってしまうのだった。
何度目のリングだろう。私の貞子への恋は実ったのだった。

そう、その時、悲劇のゴングは鳴ってしまったのだった。

私達は結婚した。
貞子の希望で新居のダイニングはリング仕様に作られた。
私が青コーナーに座ると、貞子はキッチンから登場する。
「今夜はハンバーグだこの野郎。」とマイクパフォーマンスをする。
そして貞子は赤コーナーの椅子に座り、無言のまま夕食をとるのだった。

正直言ってつらい夕食だ。

赤コーナーから、マイクで「おいしい?」と聞かれる。ふつうに聞いてくれよ。とも思うのだが青コーナーの私はマイクでもって「すごくおいしい」とやりかえす。
するとゴングだ。
残さずきちんと食べろと言うことなのだろう。

一度そんな貞子に耐えかねて不平をもらしたことがある。

「こんな生活はいやだ。リングの上の君に惚れたことは確かだけれど、私はもっとまともな夫婦生活を営みたい。」

すると貞子は「リングの私が好きだと言ったから・・・・」と泣き出してしまった。
一連の奇妙な行動は貞子なりの私への愛情表現だったのだ。
それがわかってやれなかった自分を私は恥じた。

私は青コーナーでハンバーグを食べながら、そんな貞子の愛情表現を思った。
昔、確かに私はリング上の貞子に恋いこがれていた。
しかし今はどうだろう。はっきりいってこんな生活に嫌気がさしている。
ふつうの食卓でふつうに食べたかった。
けれど、あのころの私は今の生活を望んでいたのではなかったのか。
そして私は赤コーナーでハンバーグを食べている貞子を見た。
貞子と目が合い、自分の作ったハンバーグの味はどうかと、目配せをしてくる。
ちょっと奇妙な夫婦だが、これも幸せなのかもしれない・・・。

よし、私も男だ。貞子を幸せにしてやろう。
私は決心を固めたのだった。
私はリングの上の貞子が好きなのだから・・・。


カーーーーンッ


「うまかったかこの野郎。片づけるぞこの野郎。明日はヒレカツだこの野郎」


先ほどまでの私の意志は早くも揺らぎ始めてしまったのだった。


「飯を食ったら、ベッドがリングだこの野郎。」

投稿者 hospital : 2002年11月27日 15:11