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2002年12月18日

見るマン

何を隠そう、私は『見るマン』である。
いつも何かを見ている正義の味方、それが『見るマン』だ。
私が見るマンであることは同僚、友人らには内緒にしている。
見るマンであることを他人にしゃべっては意味が無くなってしまうからだ。
見るマンの悲しき定めである。

先日、車を車庫入れする時友人に「後を見ててくれ」といわれた。
私は友人の車が車庫の壁に激突する様子を『見て』いた。
よっぽど「あぶない!ぶつかる!」と言おうと思ったのだが、私は敢えて言うのをよした。
その結果、友人は「ちゃんと見ててくれと言ったじゃないか!」と激怒したものだが私は「だって、俺、見るマンだから」と喉元まで出かかった言葉を飲んだ。

私は、『見るマン』なのだ。『注意をするマン』ではない。

女性と話をするとき、私は大抵『胸を見るマン』に変身する。
「正義の味方、胸を見るマン参上っ。とうっ!」
などと掛け声はかけない。
私はただただ、黙って胸を見るマンに変身するのだった。
大抵の女性はそんな私に不快感をあらわにした顔を向ける。
そんな時私は、いたたまれなくなる。
「だって私は胸を見るマンだからしかたがないじゃないか!」
と反論したくなるのを私はいつもこらえる。なぜなら、見るマンはいつだって影で活躍する正義の味方だからである。

この間、街中で青年がヤクザに絡まれいていた。
肩がぶつかったと因縁をつけられているのだった。
ヤクザにボコボコに殴られている青年は「助けてー」と泣き喚いていた。
周りにいた人は見ないふりを決め込んでいた、
しかし、私は違った。

きちんと見た。

よっぽどヤクザどもから青年を助けてやろうかとおもったが、私はそうすることをやめた。なぜなら私は正義の味方『見るマン』だからである。きちんと見たのだから文句はあるまい。

見るマンの孤独な戦いを誰も理解しようとはしない。
だからといって私は見るマンをやめようとは思わない。
見るマンはいつだって孤独だ。
そして、いつだって何かを見ているのだ。

見るマンの孤独な戦いは続く。

投稿者 hospital : 2002年12月18日 15:21