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2003年02月02日

膝上3cmの生き方

今年で50になる母が、最近セーラー服を着るようになった。
息子として、止めなくてはいけないとは思いつつも、
生き生きとした母の目を見ていると、簡単にやめてくれと言えなくなってしまう。
母なりに、真剣にセーラー服に込めた思いがあるのかもしれない。
今日はインタビュー形式でその辺の所を明らかにしていきたいと思う。

― 今朝、セーラー服を着ているあなたを見た時、ただの悪ふざけではなく、真剣にセーラー服に込める意気込みが伝わってきました。セーラー服とはあなたにとってどんな意味を持っているのですか?

母:「・・・・(3分ほど考えて)・・昔、自分が住んでいた場所とかよく会ってた人達とか30年くらい前の事を思い出したっていうのがあって。色んな事が変わったなぁって・・・。終わった人間関係があれば、新しく始まった人間関係もあったり。今の自分を素直に認められないって気持ちがあったんだと思う。セーラー服を着ることはその気持ちの表れだったのかもしれない。」

― 「自分を素直に認められない気持ち」についてもう少し詳しく聞かせてもらえますか?

母:「うん・・・(5分ほど考えて)・・・たぶん・・私は昔よりも辛抱強くなったんだと思う。この年になってセーラー服を着るということは、社会的におかしなことだってことはよくわかってて。でも、この自分の中の気持ちを・・・・ごめん・・ちょっとうまく言えない。」

― (笑)ゆっくりで構いませんよ。

「ごめん。質問を変えてもらってもいい?」

― はい(笑)僕は今回のことであなたが初めて自分の過去と正面から向き合い、10代の頃に持っていた衝動を再び取り戻そうとしていると感じました。それだけにあなたの目にある種の「決意」が宿っていて、それがあなたのセーラー服に力強さを与えていると思うのですが。

「決意は固かったよ(笑)うん。おそらく過去最高に固い決意かもしれない。でも・・今、セーラー服を着てみても、高校生の時ほど楽しくはならなかった。どうしてかって言ったら・・・やっぱり孤独な作業だからだと思う。10代の頃だったらみんなセーラー服を着てるわけだし、ふざけたりする時間もあるでしょ?・・・だってあの頃は・・全てが新しくて・・・(10分ほど黙って)・・うん・・。やっぱりあの頃を取り戻すことは不可能なんだと思う。」

― 今のあなたなりの「新しいセーラー服」として取り戻すことならできますか?

母:「うん。それならできる。毎朝、スカートの丈を変える度に、何かしら新しいマジックが起こってると私は思ってるから。」

― マジックと言いますと?

母:「高校生の時の『膝上何センチ』とかそういうのとは違って、今回は私自身の内面からスカートを織り返すっていう特別な瞬間があって、そういう瞬間があるから私は今、セーラー服を着ていられるんだと思う。」

― もう少し具体的に説明してもらえますか?

母:「最初は変な気分だったよ(笑)最初の頃はスカートをちゃんと織り返せているのかっていうのを強く感じてた。でも、一日、一日と繰り返す度にいつも学んでいるんだ。膝上10cmまで行っちゃうような時は自分の中でも気持ちの整理がうまくつかない時で。やり過ぎるっていう罪を犯しやすいの。最初はね。それは膝上5cmでも同じで、どこか違和感を感じてた。今は膝上3cmに落ちついてる。」

― その膝上3cmが、自分のなかで安定したポジションを持っているのはなぜだと思いますか?

母:「・・・たぶん・・それは・・みんながもっと織り返して欲しいと思うぎりぎりの状態なんだと思う。」

― と言いますと?

母:「夫や息子とか、家族に対して絶対にがっかりさせられないって思うところがあって。それは、もう私の女としてのストーリーが終わってるからこそなんだと思う。」

― でも、それじゃあまりに・・。

母:「いや、そういう要因もあるんじゃないかって。みんなまだ私のセーラー服の行く先が最終的にどこかで辿り着くんじゃないかって思ってるのかもしれない。もしくはそうなるべきだって望んでるのかもしれない。」

― ・・・・。それでは最後に一つだけ聞かせてください。セーラー服とはあなたにとってどんな存在だったのでしょうか?

母:「まるで夢のようだった。でも夢はいつか覚めてしまうから。」

― わかりました。今日は本当にありがとうございました。

誠実に言葉を選びながらセーラー服について話す母を見ていたら、
やめてくれと言い出すことができなくなってしまった。
でも、息子としていつか母を止めなくてはいけないことには変わりはない。
また時期を見てインタビューしてみようと思う。

投稿者 hospital : 2003年02月02日 08:10