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2003年04月21日

朝靄の興奮

残業を終え、始発の電車に乗った。

電車には、まばらだが人が乗っている。
ふと目の前の二人組が目についた。

俺の真正面に座っていた男はとてもスリムで背の高い男だった。年は40くらいだろうか。
座っていてもそれがよくわかるほどの長い足を組み、全身細身の黒い服を着ていた。
スタイルは抜群だが、顔だけでかく、梅干のような顔をしていた。
目はアル中のようにとろけながらも何か心配事があるような目をしていた。
しかし、その心配事も朝ご飯の心配程度のものであることは容易に察する事ができた。

そして二人目、背の高い男の隣に座っていたのは異常に足の小さい男だった。
背はあまり高くなく、小太りで頭にはアーミー柄のバンダナを巻いている。
不満げな顔をしながら腕を組んで寝ているその男もやはり何か心配事を抱えているように見えたが
その心配事も家を出る時にペットに餌をやり忘れた程度のものであることは明らかだった。


ドキドキと胸が高ぶるのを押さえる事が出来なかった。


そして俺は3人目を探し始めた。


3人揃うべきだ。


俺は興奮した頭の中で強くそう思った。
足の異常に小さいバンダナの男の隣にその気配を持った男がいることはわかっていた。
しかし、ちょうど俺の前には吊革につかまり立っている男がいて、彼が死角となって見えないのだ。
覗き込みたい衝動に駆られながらも俺はそれをこらえた。

背の高い梅干の男が俺の興味津々な態度に気付き始めていたからだ。

俺は胸の内をこれ以上悟られないよう必死に興奮を押さえた。
下を向いて寝たふりをし、息を凝らした。

しかし、下を向いたせいで、梅干顔の男の靴下が目に入った。
透けて肌がみえるナイロン素材の黒い靴下だった。


完璧。


俺は興奮した。
梅干顔の男は俺への注意を忘れ眠り始めた。
まじまじと顔を見つめると、俺の興奮はさらに高ぶった。

バンダナの男に目を移すと、靴を脱いでいることが分かった。
小さな足を小さな靴の上に載せ、あいかわらず不満げな顔で寝ている。

靴は


ニューバランスだった。

そこで俺の興奮は絶頂に達した。

3人目の男を見つけなくてはいけない。

使命感にも似たその強い思いが通じ、俺の前に立っていた男が電車を降りた。


ついに3人目の男が俺の前に姿を現した。

しかし、次の瞬間、急激に興奮が冷めていくのを感じた。
3人目の男は奇跡的な瞬間を共有するには至らなかったのだ。
悪くはない。だが奇跡は起こせそうもない。


そして電車は俺の降りる駅に着いた。


二人組はあいかわらず眠っている。

奇跡は最後まで色あせることがなかった。

俺は駅前のコンビニで牛乳を買い、朝靄の中家に向かって歩き出した。


夏が来るにはまだ早い。
でも、今年も夏はやって来る。


そんな気がした朝だった。

投稿者 hospital : 2003年04月21日 09:20