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2003年05月15日

貼り紙

朝起きた瞬間から身辺に違和感がわだかまっていた。
顔を洗うにも、整髪するにも、習慣としてこれまでしてきたこと一つ一つが妙に不自然に、まるで他人の体を借りているかのように感じられた。


家の外に出ると景色がまるで違っていた。
一つ一つを仔細に眺めれば、それらは普段と全く変わらない様子でそこにはめ込まれている。
けれど全体として見るときに、それらはまるで昨日までとは違っていた。

どうしたことだろう。

僕の家の前には生活道が東西へ伸びていて、それを挟むように家並みがぎっしりと甍を競っている。
それら家並みの窓という窓すべてから違和感が噴出していた。
今日は何かがおかしいようだ。

僕はその道を会社のある方角へ進んでいった。
左右から違和感のひしめく音が聞こえるようだった。
なんとなくだが、後を振り返ってはいけないと思った。殆ど直感と言って良かった。

ただ前だけを見つめ、歩みを進めていた時、ふいに僕を呼ぶ声がした。
どこから聞こえただろうか。頭の隅っこでそのことを気にかけはしたが、僕は依然として歩みを止めなかった。
その声は、気を他に移しかけた時には必ず、再びこだました。
自分の頭の中から聞こえる音だなと、僕は気づいた。

家から歩いて行けるところにある僕の会社も、今日は普段と違って見えた。
そこまで来ると顔見知りの顔も見えた。
すこし頭痛がした。
けれど、気にせず自分に与えられた持ち場について、業務に執りかかった。

昼ごろになり、空腹を覚えた時にやっと僕はほっとした。

休憩時間になり、トイレに立った。
横並びに8つすえられている便器はすべてが埋まっていた。
次が僕の番だった、しかしそれらはなかなか空かなかった。
僕はひたすら、待った。じっとして待っていた。

どれくらい時間が経っただろうか、一つだけ、知らぬ間に便器が空いていることに気づいた。
前に立ち、僕は脱力した。

使用後、便器から離れますと、
自動で『時間』が流れます

目の前に、そんな張り紙が掲げられていた。

「時間が流れるのも、悪くない」

僕はそう呟いた。
隣に同様に立っている人たちは僕の呟きを無視した。

永遠に僕は便器の前に佇んでいた。

投稿者 hospital : 2003年05月15日 09:38