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2003年06月16日

核家族

違和感と言うには程遠いのだが、最近の日常生活から不自然さが拭えない。

俺は郊外のとあるマンションに妻と息子3人で暮らす、どこにでもいるサラリーマンである。子供の頃から、絵に描いたように普通だった俺が手に入れたのは、これまたあまりに普通すぎる家庭だった。
何の問題も無くこじんまりとして平和だった我が家だが、ここ1週間ほど実におかしい。なんだか妙によそよそしいのだ。


まず、妻が少し変わった。すこし美人になった、というよりもすこし別人になっていた。料理がうまかったはずだが、包丁も握らなくなってしまった。俺が、「よしこ」と呼びかけても無視されるようになった代わりに、「私はサトエです」と毅然とした態度で嘘をつくようになった。
そして、息子もすこし変わった。息子のヒロシがいつの間にか娘になっていた。人気女性アイドルの歌と踊りをテレビを見ながら一生懸命真似している。戦隊物の特撮が大好きだったヒロシがスカートをはくようになってしまった。さらに俺の身に覚えの無い弟を、気がつく姉らしく可愛がるようになっていた。

どこか妙に不自然だ。なにかが少しおかしい。しかし、違和感と言うには程遠い。
普通の俺に神様が与えてくれたささやかな変化かと、楽観するようにした。

不自然な家庭を後にして出勤する。
エレベーターに乗っていると、違和感とは程遠いのだが、やはり妙におかしい。俺は5階に住んでいるはずだが、8つのフロアを通過する。妙だ。まるで俺が9階に住んでいるみたいだ。マンションという建物でさえも、俺を嘲っているみたいで、妙な気分がした。

最近はそんな身の回りの急変が心配で定刻5時に仕事を切り上げるようにしている。

マンションに戻ると、玄関フロアのところで昔の妻にやけに良く似た女性が立っていた。
あまりに風貌が酷似していて赤面してしまったほどだが、他人にそんな様子を気づかれるのは恥ずかしいと思ったので、憮然とした態度でエレベーターに乗り込もうとした。すると背後から、

「お願い!帰ってきて!あなた!!」

と哀願された。
さらに驚いたことに、隣では昔のヒロシによく似た男の子が「お父さん、ひどいよ!」と泣きじゃくっていたのだ。
違和感とは程遠いのだが、暑くなって来るとこういった人たちが多くなる。かわいそうな気もするが他人の俺には何もできないので、そのままエレベーターに乗り込むことしかできなかった。

エレベーターの中で先ほどの母子のことを考えた。
きっと父親を事故かなんかで亡くしたのだろう。
潤いのない現代。こういった時代を母子が生きていくのはさぞかし辛かろう。
それに比べて、俺はどうだ。何も無く平和な生活に『普通すぎる』と不平をもらし、たまに変化が起こると『妙によそよそしい』などと勘ぐってみる。

ぬるい。ぬるすぎる。

家庭に戻り、「ただいま」と呼びかけた。
以前なら、「おかえりなさーい」と二人の元気な声が聞こえてきたが、今はもう聞こえない。あまつさえ俺が帰ってきたことを迷惑に思っている節がみられる。一家を支える大黒柱であるこの俺が、家族からつまはじきにされているのだった。

理由は、俺が、だらしないからだ。

くだらないことに不平をもらすのはよそう。先ほどの母子のことを考えた。世の中には俺なんかよりも不幸な人間はいくらでもいる。俺は決心してこの家族のことを愛しぬくことを誓った。
自分の身の回りにいる人間くらいは幸せにできる男になろうと思った。

あの母子を幸せにしてやれない代わりに。

投稿者 hospital : 2003年06月16日 09:49