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2003年06月24日

梅雨

大手総合商社の社員であるタカシ君は、梅雨が始まって以来鬱屈とした気分で毎日をすごしていました。日々の営業回りや深夜まで続く接待に疲れきって、家に着くのは毎晩夜遅くです。都内で働くタカシ君なので、タクシーはよく利用します。こんな季節だから、タクシーの中によく傘を忘れてしまったりします。今月に入って何本の傘を置き忘れてしまったでしょうか。タカシ君は大好きなビールをあおりながら酔っ払った頭で、「傘をもっと大切にしないとなあ・・・」と、いつも思っているのでした。


ある晩、タカシ君が駅からアパートへ続く道を歩いていると、電柱の影に女の人が立っていました。夜も遅いので人気もなく、変な時間に若い女性がいることを少し奇妙に思いましたが、痴漢と間違われても癪なので、そのまま素通りしようとしたその時。その女の人は電柱の影から突然話しかけてきます。

「ねえ。痴漢」

とんでもない濡れ衣です。素通りしようとしているタカシ君にむかって、その女性は痴漢呼ばわりするのでした。

「ちょっと、なんですかあなた」
「やめてください。痴漢はやめてください」

淡々と続けるその女性が怖くなって、タカシ君は逃げ出そうとしました。しかし腕を絡まれ、逃げる事もできなくなってしまいました。

「痴漢。この人、痴漢なんです」

結局タカシ君は交番に無理やり連れて行かれてしまいました。冤罪だということを警察の人にわかってもらおうとタカシ君は当然食い下がりました。

「やってません。信じてください」
「この人、痴漢なんです」
「・・・・・」
「なんなんだ、あなた」
「あなた、痴漢なんです」

警察の人も弱り果てた様子でタカシ君とその女性のやりとりに聞き入ることしかできません。

「あたい、傘の妖精なんです」
「え?」
「あなた、私をよく置き忘れる。傘は泣いてます」

すると、突然警察の人が語り始めました。

「おいどん、ビールの妖精なんです」
「は?」
「タカシ、ビール、飲む。おいどん、タカシ、好き」
「ちょっと待って、ちょっと待って」
「傘、忘れる。あなた、痴漢。嫌い」
「ビール好きな人、悪い人、いない。おいどん、タカシ、好き」

タカシ君は唖然として二人のやりとりを見守っていました。驚いたことに警察の人は実はビールの妖精だというのです。
二人のやりとりが激しさを増していくにつれて、タカシ君は困り果ててしまいました。

「僕は、タクシーの妖精なんです」

議論に突然割って入ってくる人が、ありました。そちらを見ると、驚いたことにタカシ君の会社の上司である武田部長です。

「タカシ、タクシー、のる。タクシー乗る人に悪い人、いない」

カタコトで話す武田部長を唖然としてみつめていたタカシ君ですが、もうこの時には何がなんだか分からなくなって、考えることを放棄していたのでした。
すると、警察の人がいいました。

「2:1で、タカシ、痴漢、許す」

そもそも、タカシ君は痴漢をしていないのだから、許すもなにもないけれど、タカシ君は許されたのでした。
すると突然、傘の妖精を名乗る女の人が炎に包まれました。

「ぎゃあああああああああああああ」

一分くらい、燃えていたでしょうか。壮絶な死に様に唖然としたタカシ君ですが、ビールの妖精を名乗る警察の人に、「しょうがないよ。これも運命だから」と慰められ、タクシーの妖精を名乗る武田部長からは、「明日から君は係長だ」と昇格を約束され、結局その晩はわけが分からないままに、帰宅することができました。

今日も雨。梅雨はまだまだ続きます。ずぶ濡れのタカシ君は、傘の妖精を名乗るあの女性のことを思いながら、雨の中傘もささずに毎日出勤するのでした。そんなタカシ君は夏なのに、風邪気味です。

投稿者 hospital : 2003年06月24日 09:53