« 恥骨ミントン | メイン | 友人万歳 »

2003年06月30日

私の幸せ

いかにも刑事らしい様子でその女は私のアパートを訪ねた。

「失礼ですけど、先週の土曜日、午前九時から午後三時まであなたはどこで何をしていましたか」
「それは・・・、アリバイってことですか?」
「いいえ、アリクイです」


そう言ってその女は玄関の土間を連なって行進している蟻を這いつくばってなめ始めた。
私の部屋はいつも不潔にしていて、蟻やゴキブリなどがよく家の中を徘徊している。

「ちょっと、ちょっと?」
「アリクイですから・・・」
「・・・・」

一心不乱に蟻をなめ続けているその女性がとてもいとおしくなって私は背中から抱きしめてあげた。
アリクイのものまね、その自分を追い詰める過酷なものまね。意味があるのか、よくわからないことなのに、それをものともせず、進んで蟻をなめ続ける彼女の姿に私は心を強くうたれた。

「結婚しよう」
「・・・・え?」
「結婚しよう。そして幸せな生活を送ろう。君の事は私が守るから、もう、アリクイのものまねをして、蟻さんを食べなくてもいいんだよ」

振り返ったその女の口の周りにはたくさんの蟻が唾液にまみれてくっついていたけれど、私はかまわず接吻した。

蟻の味がした。

ここで、蟻の味と私は言ったが無論蟻を食べたことはないので、その味は蟻特有のものなのか、はたまたその女がもともと持っている口臭なのかよくわからないが、私はあてずっぽうに『蟻の味』と決め付けたのであり、そんな自分の態度は日常生活で多々見られるものであるはずだ。
しかし、その後の幸せな結婚生活でたびたび彼女に接吻をしてやるが、あれ以来その味を味わうことが絶えてないことから察するに、きっとあの味は蟻の味だったと、少々幸せボケした頭で私は、そう考えるのであった。

新婚旅行はサイパンに行った。さて、ここで矛盾することを言うようだが、私はこの人生でサイパンに行ったことは無い。そのことを前提に話を進めるので、読者諸賢もサイパンに行ったことがない男がサイパンに新婚旅行に行ったような話しをしているということを肝に銘じて以下読みすすめていってほしい。

神社で仏教式の結婚式をあげ、私は友人たち(家政婦、政治家、工場長など)に見送られてサイパンへ旅立った。サイパンは常夏で、寒かった。ハワイは摂氏50度だそうだ。嘘だと思ったら試してみて欲しい。ティッシュペーパーを丸めて口の中に入れて唾液に浸す。それを思い切り飲み込めば新しいあなたを発見できること請け合いだ。

そして、私は、ケンシロウになった。正確に言えば、トキになったというほうが分かりやすいことと思う。あたあ。あたたたたた、あたあ。そんな私を彼女は幸せそうに見つめる。そう、確かに私達は、サイパンに到着したのだ。1936年、太平洋戦争のまっただなかで、死に物狂いで弾丸の中を駆け巡り、一人、また一人と、米兵を撃ち殺していった。

「TAKASHI!! OH TAKASHI!!」

そう。私は確かに幸せだったのだ。右足を打ちぬかれ、致命傷を負った私を従軍慰安婦のキムヨンスク(59)はやさしくいたわったわけだが、今こうして生死の境をさまよい続けていること自体、国破れて山河あり。全ては夢幻の起したきまぐれだったのかもしれない。

それでも私は、確かに幸せだったのだ。

投稿者 hospital : 2003年06月30日 09:57