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2003年07月17日

要求する愛

妻はいつもそうだ。私に死に物狂いでやれと要求する。何に対しても。妻をどこかへ連れて行った時、例えばレストランとしよう。

死に物狂いで注文しろと。

しかし、もちろん鬼の形相でウエイトレスを睨みつけて注文しろというわけではない。もっとスマートに注文して欲しいらしい。『かつ、死に物狂いで』なのだそうだ。


「汗臭いのは嫌なのよ。」

妻は煙草をふかしながら言う。勿論、私には煙草を吸わせない。死に物狂いで生きて欲しいのだそうだ。私には。健康を第一に考えながら。かつ、危険な男を死に物狂いで演じて欲しいらしい。無茶な話だ。もともと私は危険どころか超安全な男だ。安全極まりない男だ。

「安全ですね。」

と言われた。6歳になる娘にだ。娘はなぜか私に対して敬語だ。

「退屈ですよね。」

娘は私と目を合わせない。いや、正確には会話の終わりの3秒ほどしか目を合わせない。最後に私をじっと睨みつけ、私と娘のコミュニケーションは幕を閉じる。毎回そうだ。朝、私がトイレに入っている時のことだ。私はトイレで新聞を読むのが好きだ。これは妻にも娘にも不評で、今すぐにでもやめろと毎回言われるのだが、これだけはやめられない。

「殺しますよ。」

トイレのドアの向こうで娘の声が聞こえる。敬語で『命 奪われる系の言葉』をかけられるのが一番こわい。

「肛門から手突っ込んで、喉チンコガタガタ言わせますよ。」

六歳の子が言う言葉だろうか。

「さっさ出て来いって言ってるんですよ。お父様。」

『さっさと出て来い』と『お父様』が劇的に矛盾している。そんな様子を妻は黙って眺めている。もちろん、妻もこの私の朝のトイレの習慣を気に入っているわけではない。しかし、娘に簡単にやられてしまう父親も嫌なのだそうだ。死に物狂いで、毅然とした態度で娘をあしらって欲しいらしい。かつ、娘の自尊心も傷つけるなと妻は要求する。

「なあ。娘。ガタガタ言うんじゃない。黙ってトイレの外で待ってろ。微動だにせずな。わかったか。わかれ。小娘。」

私なりに妻の要求に沿って死に物狂いで発言したつもりなのだが、娘は『このお父さん、本気でむかつきます』と言いながら泣きじゃくり、妻は妻で『話にならない』とため息をついた。

よくわからないが、私はこんな生活に満足している。妻や娘が私に不満を持ちながらも、それをまっすぐぶつけてくれる。これは素晴らしい事だ。まだ、注意をしてくれるうちに私は出来る限り、良い夫、良い父親になろうと思う。見捨てられたらおしまいだ。

「ラブです。お父さん。」

昨日、娘は7歳になった。誕生日のプレゼントに、私は娘がずっと欲しがっていた自転車を上げた。真っ赤な小さな自転車だ。娘は得意気にその自転車にまたがり、私にそう言った。

「ラブです。お父さん。」

そんな様子を妻も嬉しそうに見守っていた。たまに、幸せな時がある。

「来月の誕生日は何くれますか?」

娘は来月8歳になるらしい。かわいい。かわいい娘だ。

「死に物狂いで断りなさい。甘やかしちゃだめよ。父親なんだから。」

妻は私にそう言った。よくわからない。よくわからないが、私は今

案外幸せである。

投稿者 hospital : 2003年07月17日 10:25