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2003年08月13日

頭皮思い出

遠い思い出の話をしようと思う。

私が美容室に通い始めたのは20歳の時で女子大生だった。
容姿は良くもないけど悪くもないと思う。
当時の私にはオシャレする気持ちもなく、髪の毛も母親に切ってもらっていた。
けどそろそろ髪の毛くらいちゃんとしなきゃと思い美容院へ通うことにしたのだ。

「スポーツ刈りでいいよね。」
「いや良くないです。」
「右側半分は全部剃っちゃって良かったんだよね?」
「いや良くないです。」
「でももう剃っちゃったし。マジックで描くね。」
「いや。もういいですからそのままで。」

私と美容師は仲が悪い。


「前髪だけど前髪じゃなくてもいいよね?」
「どういう意味ですか?」
「『概念的に前髪を鼻毛と捉えてもいいか』って意味。」
「いや困ります。」
「そっか。強情だね。」
「そちらこそ。」

私と美容師は仲が悪い。
美容室を変えればいいだけの話だけど行かなくなると電話がかかってくる。
前回、眉毛を全部剃られ赤の油性マジックで新たに眉毛を描かれた時点でもう通うのをやめようと
心に誓ったが、つい一週間前に電話があった。

「『こんりんざい通うのやめよう』とか思ってないよね。」
「いや思ってます。」
「許してあげてもいいよ。」
「何をですか?」
「眉毛剃ったこと。」
「いや剃られたのはこっちですから。許すつもりはありませんよ。」
「そうなんだ。」
「『そうなんだ』って。」
「そうでやんすか。」
「いや口調のことを言ってるわけじゃないですから。」

あまりにしつこいので私はまた美容室へ行った。しかし今回も美容師の様子は変わることがない。

「ヘソ毛のシャンプー無料になってるんだけどやるよね?」
「いえ。やりません。へソ毛なんてありませんし。」
「もしかしたら眉毛を鼻毛にできるかもしれないんだけどやってみる?」
「可能性がないことを言わないでください。」

この後沈黙が2時間続いた。

「もういいですよ。2時間以上切ってますよ。」
「でも前回眉毛剃っちゃったりしたからさ。サービスサービス。」

鏡には毛髪も眉毛も全部剃られた私の顔が映っている。

「『長めで』って言いましたよね。」
「うん。長めに剃っておいた。」

大体美容師は最初からハサミじゃなくて電気シェーバーを持っていた。先に言えばよかったんだ。
それ以前に電話なんてかかってきても行くんじゃなかった。もう髪の毛は元に戻らない。

「シャンプーはやめとくよ。手が疲れちゃったし。」
「いいですよ。洗う髪の毛もありませんし。」
「それって皮肉?」
「皮肉です。」
「皮肉って『皮』と『肉』って書くんだね。なんか君の頭のことみたい。ふふ。」
「殺してもいいですか。」

会計をする時は毎回、気まずい空気が流れる。美容師のほうにも『悪い』と思う気持ちがあるらしい。

「50円くらいもらってもいいかな。」
「はい。」
「じゃあ30円でいいよ。」
「そういう問題じゃないです。」
「じゃあ1万円で。」
「もうやめましょう。」
「え?」
「1万円なら1万円でいいです。ただしもう二度ときません。電話もかけてこないでください。」
「ごめん。今度からちゃんと切るから許して。来ないなんて言わないで。」
「ホントですか?」
「ほんと。今回はタダでいいよ。」
「はい。」

彼の言葉を信じたわけではないが1ヵ月後またその美容室へ行った。

1時間後。
私は髪を全部剃られた上、頬に油性マジックでチューリップの絵を描かれた状態で店を出た。
今回も料金はタダだった。
私が店を出る時、美容師はひたすら謝っていた。
また1ヵ月後、私は懲りずにその美容室へ行った。
今回はもみ上げだけ残し、残りの髪を全部剃られ、頭皮の上に油性マジックで『消しゴム』の絵を描かれた。
それも下手な絵で消しゴムなのか何なのかわからないような絵だった。

それでも私はこの美容室にもう10年も通い続けた。
私のほかに客もいないらしい。すでに美容室ですらないようで美容室の看板もない。
その上、私のお腹には現在彼の子が宿っている。

相変わらず毎月眉毛を剃られ、先月はその上に『ヘソ毛』とローマ字でかかれた。
髪も全部剃られ、この10年私の頭皮はずっとむき出しだった。

そんな私もついにこの美容室へ通うのをやめた。
髪も伸ばそうと思う。

子供は産むつもりだ。

投稿者 hospital : 2003年08月13日 10:41