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2003年08月18日

建材屋のお爺さん

都心に位置するその店は周りの雰囲気からかけ離れ過ぎていた。
私が勤める製造メーカーは、これまでその店と長きに渡る取引をしてきたそうだが、この不況下ご多分に漏れず経営方針を抜本的に見直さなくてはならなくなってしまった。合理化の矛先がビル群の只中にあるその古ぼけた建材屋に向かったのは仕方の無いことだろう。もう、これ以上その店との取引は続けられないと判断を下したのだった。
その引導を渡す役をおおせつかったのは入社したての私だった。つまり、もうその店には材料の発注をしないという旨を伝えて来いというのだ。上司や先輩達は皆一様にその役を避けているようだ。しかし、何も分からない私は言われるままに地図をたどってその店を訪れる。


「いつも大変お世話になっております」

品のよい笑顔で私を応対したのは、80はとうに過ぎているであろう老人だった。古ぼけた店内のより一層古ぼけたソファに私を丁寧に座らせるとその老人は昔話をはじめた。
創立以来の付き合いであるということ。お互い苦しい時代をともに闘ったこと。私の勤める会社が倒産しかけた時、仕入れをしてくれる会社はそのお爺さんの店をおいてなかったということ。いろいろな思い出話を、もう冷めてしまった梅昆布茶を思い出したように啜りながら品のある微笑を絶やすことなく、語り続ける。
久しぶりに店を訪れた若い者に好意を持ったのだろう。その私は大口得意先の社員である。当然、私に対するお爺さんの心遣いは非の打ち所の無いものであったが、そんな人柄は相手をみての打算によるものではないことが私にはわかったつもりだった。

私が、自分の、会社から伝えてくるように命令されている、胸に秘めた用件をなかなか言い出せなかったのも、詮方ないことだろう。

不況というものを本当に恨んだものだ。
私は、「実は・・・」とその用件を切り出した。私が丁寧にゆっくりと、老人にも聞こえるような声量で話し始めると、おじいさんは素敵な笑顔をずっと終りまで崩す事無く、時に納得を示す相槌をうちながら、聞いてくれたのだった。
駆け出しのこわっぱである私の身の上も理解してくれたのだろうか。話を聞き終わっても依然包容力のある笑顔は、私の話した過酷な内容をも受け入れたかのようにみえたが、そんなむしのよい希望的観測はあまりに自分勝手にすぎることを自覚し、恥ずかしくなってがっくりと目線を落とした。

草履を履いたお爺さんの足元が小刻みに震えていることに気がついた。
それに気づいてしまったことを悟られないようにさりげなくお爺さんの顔をすがるような思いで見上げた時、それまでと変わらぬ笑顔がそこにはあった。

「そうですね、時代は変わりました」

私や会社を責めるようなそぶりを見せるわけでもなく、ゆっくりと上品な様子でお爺さんは納得していた。私はお爺さんの足元を二度と見ることができなくなってしまっていた。

それから数ヶ月たったある日のこと。偶然、その店の前を通った。その場所にあったはずの古ぼけた店は跡形もなく、そこは更地になっていた。
私はそのお爺さんが知恵遅れの息子と二人で住んでいたあの古ぼけた店を思い出し、それとは似つかわしくない都心の風景を二重写しにして、すこし涙ぐんだ。

私達には勝つことしか、許されていないのだった。
不況と言うものを本当に恨んだものだ。

投稿者 hospital : 2003年08月18日 10:43