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2003年10月09日

アドレナリン

「その上着いいね」

その日のデートの終わりにさしかかって私はケンジにそう言った。
ケンジは照れながらも嬉しそうにしていた。

「その髪型もいいよ」


少し気が楽になった私はケンジの髪型も褒めてみた。
前からずっとケンジの髪形はかっこいいと思ってたし。
ケンジは後ろ髪を人差し指でイジくりながら照れくさそうに笑った。

「次はいつ会える?」

私はケンジとの次の予定がないことが不安だった。
ケンジから私を誘ってくれることはないからだ。
私の愛読書は『ぴあ』
ケンジの好きなミュージシャンのライブ情報、アーティストの展覧会の情報、映画、すべてに目を通した。
でも今回はちょうどいい誘い文句が見つからない。

「明日、天気良かったら海行かない?」

海。私は今出た言葉を口の中へしまいこみたい気分だった。
もう寒くなってきているのにこんな時期に海だなんて。
バカな女だと思われたかもしれない。
でも、ケンジは笑いながらうなずいた。
嬉しかった。

「アドレナリン。急上昇。」

私は体の中のアドレナリンの状態をケンジに報告した。
するとケンジはいつものようにメモ帳を取り出し、手馴れた手つきで

― 10月13日 午後11時30分 アケミ 海の話でアドレナリン上昇

と書いた。
私がそれを覗き込んでいるのに気づくとケンジはスッと手帳を閉じた。
ケンジは私の気持ちを分析しているのだ。
それは私のことが好きだからだと思う。

「なんでアケミって書くの?私以外の人のアドレナリンについても書くの?」

ケンジは曖昧な返事をした。

「アドレナリン急降下。」

私は嫌だったけどケンジのためにアドレナリンの報告をした。
ケンジはメモ帳を取り出しまた書き始めた。

― 10月13日 午後11時32分 アケミ アドレナリン降下 『なぜアケミと名前を書くか』という質問に曖昧な返事を返した直後

ケンジがそう書いている最中に私はメモ帳をよく見てみた。

― 10月1日 午前9時40分 キャサリン アドレナリン急降下 トムの夜泣きのせいで眠れなかったことが原因と思われる

ケンジはすぐに手帳を閉じた。
でも私は見てしまった。

「キャサリンって誰?トムって?どういう関係?」

ケンジはキャサリンは妻でトムは子供だとあっさりと説明した。

「アドレナリン・・」

私は頭の中が真っ白になって
自分でもアドレナリンが今どういう状況なのか分からなくなった。

― 午後11時40分 アケミ アドレナリン崩壊 キャサリンとトムのことを告白した直後


そんなある日のこと、ケンジが突然結婚しないかと言い出した。
キャサリンのこともあるし私はケンジが何を考えているのかがよくわからなかった。

「アドレナリン。やや上昇。ポテンシャルはMAX。」

私はそうケンジに報告した。
嬉しかったけど色々なわからないことのせいでアドレナリンは一気には上昇しなかったのだ。

ケンジはメモ帳を取り出し書き始めた。

― 11月1日 午後3時0分 アケミ アドレナリンやや上昇 結婚しようと告げた直後

私は急いでケンジのメモ帳を見た。今回の前にいくつもの書き込みがあった。


― 10月25日 午後7時 キャサリン アドレナリン消失 もはや動きもしない

もっと上を見てみた。

― 午後6時40分 キャサリン アドレナリン消失 手先がわずかに動くのみ

― 午後6時30分 キャサリン アドレナリン急降下 薬を飲み込んだ約10秒後

― 午後5時30分 キャサリン アドレナリン急上昇 『トムをどこへやったのか』とさかんに質問してきた直後

― 10月24日 午後11時 トム アドレナリン消失 頭部を強く殴った直後

投稿者 hospital : 2003年10月09日 11:09