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2003年10月14日

マッサージ

そこで体をいじってもらうと、まったく別人になったように体が軽くなる。いつも不思議なくらい軽くなるので、そんな自分の驚きを伝えるとその人は満足げな表情でいつも、くくくく、と笑う。その笑い方がとても不気味で、一体この人は何者なんだろうと、いつも思うのだ。

その日も昼休みを利用してマッサージをうけにいった。いつものように僕をベッドに寝かせると、僕が何も言わないうちに体をほぐしにかかる。あまりの気持ちよさについうとうとしてしまうが、40分と決められた時間の中で必ず僕は目を覚まし、寝始めた時とはまったく様変わりした体調に寝ぼけた頭でいつも驚く。そして、はい終わりました、と抑揚のない声で僕の背中をぽんと叩くと、くくくく、と笑うのだ。
来た時とはまるで違う身のこなしでその部屋を後にするが、本当に体重が軽くなったか、重力が小さくなったかと思ってしまうほどの効果に、いつも唖然とする。それと同時に、昔と違って疲れやすくなっている自分の体にも思い当たるのだった。
いつの間にか僕はあの部屋に通うことが日課のようになっている。体が重くなったり、ストレスで肩が凝ったり、昔ではそんな事はなかったはずなのに僕の体はどうやら疲れやすくなってしまっているようで、それはいつ頃からだったか、今はもう思い出せない。
同僚だったろうか、誰だかもう思い出せないが、本当に体が軽くなるというやや大げさな紹介をうけて僕はそこへ行くようになった。今では彼の大げさな口ぶりもよく理解できるのだが、随分と昔のことのようで、その辺の記憶が曖昧になっている。
とにかくそこへ行くとまるで別人になった自分をそこに見いだし、僕はまた午後からの仕事に爽やかな気持ちで取り組むことができるのだ。
体もそうだが、僕は自分の脳味噌の衰えにも気づくようになっている。先ほども書いたように記憶が曖昧になったり、今自分がやっていることに現実感をもてなくなったりするのだ。毎日が同じように流れていき、人生も長くなると刺激をうけることがなくなってくるのは当然のことかもしれないが、最近の衰えは特にひどいように思える。視界が真っ暗になり、体中がどんよりと重くなると必ずそこへ行きマッサージをうけるのだが、このところの間隔はひじょうに短く、ほとんど毎日のように足を運ぶ。
くくくく、と笑うあの人の顔をみると、気味の悪い反面ほっとして、また前の自分に戻れることが約束されたようで、とてもすがすがしい。

先ほどまで爽快だった足取りが、徐々に重たくなって、僕ははっとして立ち止まった。会社までの道のりが遠く険しいような気持ちがして、あと100mほど歩けばつくはずなのに、なんだか道に迷ったような気持ちにおそわれたのだ。それでもしばらく闇雲に歩いていたが、とてもたどり着けそうもなかったので、僕は元の道を引き返した。
倒れそうになりながらも、ふらふらと僕は歩き続ける。自分が誰なのか、会社はどこなのか、午後にあったはずの重要な仕事のこともまるで遠のいていき、現実感がまるで損なわれている。それらは本当にどうでもいいことのように思えてしまい、それはいつもマッサージを受ける前の僕の気持ちなのだ。
くくくく、先ほど軽々とした身のこなしで出ていった客をドアのところにまたもや見つけると、その人は気味の悪い笑顔を浮かべて、いつものように僕をベッドに寝かせた。横になった瞬間僕はすぐにどんよりと意識が遠のいていくのを気持ちよく感じ、どのくらい時間がたったろうか、さきほどより断然軽くなった自分の体を、さめた頭でまたもや僕は感じる。
はい終わりました。抑揚のない声が背後に響く。軽すぎてまるで自分の体ではないような感覚の中僕は身を起こし、ふらふらとそれでも軽々と、僕はドアを目指して歩きはじめる。
ふとその人の隣にあるゴミ箱のような容器に気づいた。そこには内蔵のような生々しい肉の塊がたくさん無造作に入れられてあった。そこから血生臭いにおいがたっているが、僕は顔を顰めることも面倒なように無表情で、これは一体なんだといった具合に、その人を振り返った。
くくくく、と不気味な笑顔を、いつもと同じように浮かべ何もこたえないその人を背にして、僕は遠のく意識の中、軽々と歩き始めるのだった。

投稿者 hospital : 2003年10月14日 11:11