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2003年10月20日

足長おじさん

太一はこれまで仕事に就いたことがない。両親は太一が十八の時に他界した。突如自力で生活費を稼ぐ必要に迫られ、絶望の淵に居たある日のことだ。
郵便ポストに現金が放り込まれた。

9万5000円。


絶妙すぎる金額だった。9万5000円というのは、太一にとって普通にしてたら生活できてしまう程度の額だったのである。
残念なことに、現金は毎月ポストに放り込まれた。
なぜ残念かといえば、その現金がなければ太一もいよいよとなって仕事に就こうともするだろうが、この9万5000円が太一にその努力を放棄させるのだ。これのおかげで太一は生活力をつけることができなかったのである。

10年が経過した。太一、二十八歳。
やはり9万5000円は毎月10日必着で放り込まれた。この頃になると、太一は差出人不明の現金を送ってくる主のことを「足長おじさん」と呼ぶようになっていた。昔話になぞらえたネーミングである。
週に3~4日ゲームセンターやパチンコに行き、気が向いた時には外食したとしても、所持金の額は増える事も減る事もない。――

親愛なる足長おじさんへ

初めて、お手紙します。足長おじさん、いつも送金ありがとう。
あ、とつぜん足長おじさんと呼ばれても、なんのことなのか分からないよね。足長おじさんとはあなたのことです。
おかげさまで僕も二十八歳になりました。世間では一人前とされる年齢です。友人たちの殆どは定職につき、結婚して家庭を持つようになりました・・・。
あのね。足長おじさん。僕、実は、悩んでいます。
僕、このままだと豚になってしまいます。これまでの送金、ありがとう。本当に本当にありがとう。でも、もう足長おじさんには頼りたくありません。どうか、二度と、送らないでね。わがままなことを言ってごめんね。――

自分が豚になるという夢に毎夜うなされ、たまらず太一は送るあてのない手紙を書いた。
周りはみんな生活力をつけ、人生を謳歌している。自分一人が10年前と変わらぬ生活をしている。そんな焦りが豚になるという夢になって太一を苦しませているのだろう。けれど手紙は送られる事なく、書かれたままの状態で放置された。

あと1年で三十歳になろうという時のことだ。太一は決心した。このままではいけない。せめて、なにか仕事につこう。いつまでも足長おじさんに頼らず、自分だけの力でなんとか稼ごう。でないと、本当に豚になってしまう。
アルバイトを探した。手始めに時給950円くらいの仕事について、社会復帰しよう。なんだっていい。社会に出て仕事をすることに意味があるんだ。これまでにも同様の決意をしたことはあるが、三十を前にして今回の決意は本物だった。
三十を迎える男の遅すぎる決断である。――

親愛なる足長おじさんへ

毎月送金ありがとう。おかげさまで僕も三十歳になりました。
質問です。
どうして金額を増やしたの?以前は9万5000円だったのに、今では15万円送金されてきます。働く意欲をなくしてしまいます。僕はもう、殆ど豚です。おねがいです。どうか、どうか、送金を止めてください。今まで本当にありがとう。それでは。――

月日は流れ、太一は三十を迎えていた。その頃、送金額は15万円に定着していた。働こうと決心すると、なぜか増額するその現金に、太一はもんどりうっていた。
このままではいけない。このままでは、僕は豚のまま生涯を閉じることになってしまう。
三十という年齢は太一にとってとても重い年齢だった。――


考える事も億劫になってしまうほどの、安穏な地獄。ぬるま湯地獄。そんな生活が数年間続いた。

そんなある日。
足長おじさんからの安定した収入が突然、ぱったりとやんでしまった。――


足長おじさんへ

今年で僕も四十歳です。僕はもう完全に豚です。鳴けといわれたら喜んで豚の鳴きまねをするでしょう。もう、戻れない。もう、青春をもとに戻せません。
周りは立派な社会人です。そして、僕は豚です。足長おじさんを恨みたくなんかありません。どうか、止めてしまった送金をもとに戻してください。社会復帰の望みは、もう断ち切りました。どうか、後生ですから、どうか、15万とはいいません。生活できるだけの金額を、どうか、僕に恵んでください。豚のまんまでいいですから。どうか、お金を送ってください。でないと、僕は・・・――

投稿者 hospital : 2003年10月20日 11:13