2003年11月13日
午後
「はい君。今月30ピクシー。全然ダメ」
部長が静かな笑顔を浮かべて椅子に座っている。
厳しいことは言うが嫌な上司ではない。
無茶な命令も多いが悪気があるわけではなく彼なりに考えた末の命令だという事は今までの付き合いでよくわかっている。
彼を嫌う人は多いが私は嫌いではない。
「昨日階段で転んじゃって」
彼はビルの33階、フロア全体を開け放した大きなオフィスの一番南側の大きな窓の前に座っている。
逆光で彼が今どんな顔をしているのかよくわからない。
ただ笑っているという事だけはわかった。
「肋骨折れちゃってさ」
彼は私に話しかけているのか、他の誰かに話しかけているのかわからないような目線で私達のほうを見ていた。
部長は何を話そうとしているんだろう。
なんとなく察しはついた。この会社が今にもつぶれそうなことは社員全員がよく知っていた。
「なにこれ。全然ダメ。きみ今月まだ7ピクシーじゃん。しっかりしてよ」
部長は静かな笑顔を浮かべたまま話しつづける。
「妻に呼ばれて急いで階段をかけおりたら転んじゃって」
部長は穏やかな笑顔のままでゆっくりと話し続ける。
「そのファイル取ってくれる?手を伸ばすと痛くて。うん、それ。そのファイル。ありがとう。3ピクシー」
私は部長にファイルを手渡した。
「動くと折れた肋骨が折れてない肋骨に当たるんだよ。聞こえる?ほら」
部長はそう言って体をよじってみせた。
私達はそれに対して何も言う事ができない。
私の隣にいた若い男の社員がたまらず部長に話しかけた。
「病院へは行ったんですか?」
「行ったよ」
部長はすぐに答えた。
そしてお腹の辺りを手の甲の辺りでコツンコツンと叩きながら
「ほら。なんかコルセットみたいなギブスでさ。こんなので大丈夫かな」
部長はしばらく黙っていた。
いよいよ本題に入るのかもしれない。
きっと会社が倒産するんだ。私は覚悟を決めた。別に構わない。もともと辞めようと思っていたし。
「会社は大丈夫だよ」
部長は私達の考えを察したかのようにそう言った。
「最近調子いいよ」
じゃあ一体何を。
「なんでもない。ほんとになんでもないんだよ。ただ肋骨が折れたって話をしてみただけだよ」
部長はそう言いながらゆっくりと立ちあがりどこから持ってきたのか金属バットを机の下から取り出し
私の右隣に座っている若い男性社員の頭を横から思いっきり殴りつけた。
「15000ピクシー」
彼はポツリとつぶやいた。
そして今度は私の左隣に座っている中年のOLの頭を上から殴りつけた。
「合わせて30000ピクシー」
二人ともぐったりとしている。
彼はギリギリと歯ギシリを始めた。
「あと20000ピクシー」
部長はガタガタと震え出し、金属バッドを大きく振りかぶると私の向かいに座っているアルバイトの学生を殴りつけた。
そして金属バットにまたがり天井を見上げながら
「50000ピクシー」
と小さな声で言った。
たくさんの警備員が走ってきて部長を取り押さえた。
部長はそのまま連れて行かれた。
一瞬の騒動が過ぎてオフィスはシーンとしていた。
3人の殴られた人たちのふぅふぅという吐息の音だけがオフィス内に響いている。
3人がなんとか意識を取り戻した頃
部長のデスクの真後ろの窓を突き破って大きな飛行機が私達のオフィスに突っ込んだ。
煙がもくもくと広いオフィス内に充満した。
あまりに苦しくて窓から飛び降りる者までいた。
私はハンカチにお茶を染み込ませてそれを口に当て、はいつくばって出口を探した。
非常階段まで辿り着いて後ろを降り返ると私と同じようにして出口を探している人達が何人かいた。
私達は非常階段の扉を開け、一気に駆け下りた。
33階を一気に駆け下り外へ出てなるべく遠くへ走って逃げている最中にビルはガタガタと跡形もなく崩れてしまった。
投稿者 hospital : 2003年11月13日 11:21
