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2003年11月25日

姉さん女房

「あなた」

妻が台所から私を呼んでいる。うちは妻のほうが年嵩なので、世間で言うところの『姉さん女房』だ。近所の評判では仲睦まじいおしどり夫婦で通っているが、一つ問題があるとするならば「あねさん」と読まずに、「ねえさん」と読むところだろう。実の姉が女房なのだ。


実の姉が女房、「姉さん女房」。この事実に私は日々打ちのめされている。「あぶさん女房」でなくてよかったとほっとするくらいが関の山だ。
こうなったのは社会人になって間もないころのことだった。

「前から好きでした」

と告白された相手が姉だった。実の姉、里美。花村里美、旧姓花村。「苗字も家も変える必要がないし、一石二鳥」というわけのわからないアピールであった。前から好きでした、というのは一体いつのころからなのだろうとものすごく不安になったものだが、元来物事深く考えないたちであり、それが私の元気に生きるための処世術でもあったため、そのまま姉の言うとおりに結婚をしてしまった。
結婚式は微妙だった。新郎新婦の両親が同じなので、私のほうの両親役は実の両親にやってもらったので問題はなかったのだが、姉の方の両親役は急遽代役を立てねばならなかったため私の会社の上司である山村部長夫妻にその役を頼んだのだが、同時にナコードの依頼もしていたため、大変だった。
「可愛い娘を嫁がせる父親の苦悩」を表現する意図だったのか、ナコードが号泣していた。普通ナコードは微笑んでいるものだろうし、ひょっとしたら本気で泣いていたのかもしれない。実の両親も号泣していた。列席の方々もみなさん泣いていたのでさながら葬式のようだったが、きっと幸せすぎて泣けてきたのだろうと私は自分に都合の良いほうに考えている。深く考えるだけ損であるからだ。

「あなた」

結婚したての頃、妻の呼びかけに私は思わず「なんだい、姉さん」と答えてしまい、そのたびにしかられたものだが、最近は慣れてきて、「おまえ」と呼んでやっている。「おまえ」と呼ばれると目を輝かせて幸せそうにするのだ、姉思いの良い夫である。
こんな夫婦であるため、私は絶対に別居を主張した。というのは両親に自分の娘と息子の「夫婦なところ」を見られてたまるものかと思ったからなのだが、「なんだかお母様もやさしそうだし、私は同居でもいいよ」などと自分の実の母親に対して既に「姑モード」で接しているその鬼気迫る態度に私はぞっとし、妻の言うとおり同居を余儀なくされている。

「お父さん」

と呼びかける姉のイントネーションが明らかに他人行儀であるので、父は心労からか最近倒れてしまった。せっせと看病する妻の口からは「はやく良くなってくださいね、お父さん」という言葉が発せられるのは通常喜ばしい光景なのだろうが、父の容態は悪化するばかりだ。「頼むから、看病しないでやってくれ」と言うと目に涙をためて、「不出来な嫁でごめんなさい」と言われる。

いつからこんなになってしまったのだろう。「戻ってきて、姉さん」とこちらが目に涙をためて呼びかけても姉は口に出して「きょとん」と言う。その時だけうそ臭い表情を見せる妻を私は心からうらんでいる。
いつからなのだろう。いつから、姉さんは姉さんではなくなってしまったのだ。

「あなた」と呼びかけられて台所へ駆けつけると妻が包丁で小指を怪我していた。目に涙をためて痛そうに私のほうを見つめている。その傷口を診てやって、大丈夫かい姉さんと問いかけると、「きょとん」と言った。

「おまえ・・・」

怒りにふち震えて姉のことをおまえと呼んだところ、顔を輝かせて、「あなた」と答えられた。
もう、戻れない。もう、戻れないのであった。

投稿者 hospital : 2003年11月25日 11:59