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2003年12月01日

温かい忘年会

いいことをした。忘年会で俺はしこたま酒をかっくらって、深夜大浴場へ足を運んだ。ツレの杉山もそうとう酩酊しているらしく、その足取りは心許ない。泥酔状態で風呂につかるのはとても健康に悪いという事は昨年の忘年会でツレのセイさんが浴槽のど真ん中にぷっかりと浮いてしまって以来、俺達が身をおくこの業界の常識となっている。あの忘年会は、悪い意味で印象的だった。

宴会の前に俺はすでに一度湯浴みを済ませていたので、露天風呂には足だけを浸して温まった。先ほどの席で喧嘩寸前までいった佐野の悪口をいいながら、俺はぬるい湯を脚で蹴ったりしていた。体の中がとても熱くて、湯に肩までつかる気にならない。酔った杉山も俺と同様にして、馬鹿な話を頻りと話していたが、何を話していたかなど覚えていない。それだけその後の出来事が印象的だったのだ。
俺達と同様に宴会の後なのだろう。目の前で岩の縁に頭だけ載せて、その男はぬるま湯に身をゆだねて浮いていた。五十男の無様で醜い湯浴み姿だ。当然俺と杉山の脳裡に浮かんだのは昨年のセイさんのことだ。
あの事件がおきた時、俺はその場に居合わせなかったのだが、その前の段階でさほど寒くもないのに「寒い、寒い」と頻りに訴えていたのを覚えている。
「死んでんじゃねえの?」と冗談めかして俺は言ったのだが、杉山も同様の心配を興していたのだろう、「おじさん?おじさん?」と傍にまでよって声をかけたものの、泥酔状態らしく返事がない。杉山が次に「息してないよ、このおっさん」と言ったあとは完全に必死になっていた。
二人で力いっぱい引きずりだして、免許合宿の時以来とんと忘れいていた気道確保をした。必死の体で心臓に耳をあてた時に、鼓動がなかったことだけは覚えている。大声で俺達は人目を引くように騒いだが、傍に大勢いたはずの客の姿は、いつのまにか絶えてしまっていた。厄介ごとには拘わりたくなかったのかもしれない。後から考えればもどかしい話だが、俺は外に全裸で飛び出して係りのババアに「人死んでるよ」と叫んだのだが半信半疑の表情でなかなか真剣に取り合わない。焦って何を叫んだかよく覚えていないが、その迫力に圧倒されたのだろう、風呂場に戻ってそれほど経たずして遠く救急車のサイレンがきこえた。
杉山が人工呼吸を必死にしながら、「おっさん!おっさん!おい!」とその男の耳元で騒いでいたが意識を取り戻す事はなく、俺達は焦った。ピシャリと勢いよく俺は身も知らぬおっさんの右頬に張り手をかまして、ぶっ殺すぞ、と本末転倒の悪態をついていたようにも思う。
何も知らずに入ってきた三十男に命じて瀕死の五十男の体に湯をかけて体を温めるようにさせた。俺もふらふらに酔っていたが、かすかな記憶を必死にたどり、デタラメに心臓マッサージなどを施しているうちに、何度目だったろうか胸に耳をあてると音があった。どれほど安心したろうか、口の傍に頬をもって行くとかすかな息が俺の耳もとでそよいでいた。
救急隊員が入ってきて、俺も含めて五人くらいで男を運び出し、その後嵐の去った静けさのなか、放心しながら杉山と俺と三十男で湯浴みをしていると、最前のババアが全裸の俺達のところまでやってきて、「意識が快復したようです」と告げた。
初期の処置が大変良かった、と誉めていたそうだ。ただ俺達は必死にやっただけのことだったので、なかなか人の命を救ったという実感が湧いてこない。翌朝その男の会社の上司だろうセリザワと名乗る男が他の社員を連れ、起きたばかりの俺のところに挨拶へきた。こちらは昨夜の酒がまだ残っていてふらふらしながら適当に挨拶を返したが、セリザワ曰く無事意識を取り戻して二三日病院で様子をみるということだった。その時脳裡に、ぐったりした五十男の醜い全裸姿と、息を吹き返した時に俺の手を少しだけ握り返した感触がよぎった。そして、よく分からないがほっと安心した。
俺は昨年のセイさんのことを思い、またセイさんがいなくなってから倒産してしまったあの会社のことを思い出した。忘年会のシーズンは始まったばかりだが、今年は酒の肴に事欠かなさそうだ。

投稿者 hospital : 2003年12月01日 12:02