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2003年12月15日

肋骨の笛

その男の肋骨から作られる笛は不思議な音色を奏でる。乾いていて重みのある得体の知れない音だが、不思議と人々の心を惹きつけ、それを吹いた者も、闇雲に吹こうが何かの楽曲を意図して吹こうが、その間中幸福感に包まれる。

楽器を手に取ったことのない素人や、音楽に重きを置かない芸術感覚皆無の者でも、その音色にはしばし意識を吸い取られて、吹いているまたは聴いている間中得体の知れない幸福感の虜になるためその笛は幸福の笛と名付けられた。
当のその男は自分のことながら、そんなことにはまったく頓着をしない。ある日健康診断の際に自分の肋骨の数が普通人に比べて倍近くあることを知った。数が多い分、その肋骨は中身がすかすかの空洞であり、丁度笛を作るには好都合にできているのだった。それをみてなんとなく、笛にしようと思ったのも単なる気まぐれに過ぎず、手術を受けて何本か肋骨を抜いても依然として普通人より多い自分の肋骨を不思議に思うくらいで、肋骨を抜いてくださいと依頼した時の医者の怪訝な表情ほどにその男の興味をそそるものでしかなかった。
摘出された数本の肋骨を机の上に並べてその男はしばらくどんな形態の笛を作ろうかと考えていたが、ふと自分の体が以前にまして自由になっていることに気づき、それは肋骨が多かったことが自分の体の自由を束縛していたのではなかろうかという思いつきに発展したものの、それ以上なんという感懐もおこらず、気づいてみれば指で押さえるための穴を錐でもってやや粗雑な要領で開け始めていたのだった。
笛づくりの心得があるわけでもないのだが、昔手にしたことのあるリコーダーをお手本にしてせっせと工作するその作業は一時間とかからずに終了した。完成したその笛を手に取ってみてためしに、ふう、と空気を送り込んでみると、ぼーん、という鈍重な音が響いた。これが自身の体の一部だったものから響く音なんだな、というふうに思ったくらいで、その男にとってはそれ以上の意味をなさなかったのだが、自分以外の者にとってはその音がなにか特別な感覚をもって胸に迫るのだという事に気づいたのは、興味本位で友人に自分の肋骨の音を聞かせて以来多くの人たちが自分の所にその音色を一度でも聴きたいと訪れるようになってからだった。
そのうちに評判を聞きつけてその笛を譲って欲しいと言う人が何人か現れた。その度に、彼は自分の肋骨を切り売りするのに見合う額を予想以上に上回る相手からの言い値で笛を売却した。一本で10年くらいは遊んで暮らせるような額だが、そもそもその男の性格はさほど金銭に左右されることもないので、暮らし向きは以前とさほど変わることもなく、笛を手にして喜色満面に帰っていく人たちをみても、それでどうということもなかった。ただただ、頼まれたように自分の肋骨に穴をあけて手渡すだけだ。
肋骨の摘出には毎回同じ病院を利用した。三度目の摘出だったろうか、最初に骨を抜くことを依頼したのと同じ医者が、これ以上抜くと普通人より少なくなってしまいますが、と忠告をしたものだが、減ったところでそれが自分にどのような実害を及ぼすのかもわからなかったし、別に自分が片輪になったところで頓着するような性格の持ち主でもなかったので、結局抜いて貰うことにした。
それら肋骨をまたしても机の上にならべて、またしても自分の体が以前より軽くなっていることにはさすがのその男も興味を興したが、それもすぐに失せてしまって黙々と作業に取りかかるのだ。そして、数時間後には数本の笛が出来上がっていて、吹くともなしに吹いてみれば、ぼーん、という同様の自分にとっては意味をなさない乾いた音が鳴るだけだ。
他人に得体の知れない感動を与える代わりに、その男はものに感じることが絶えて無くなってしまった。ほら、あなたの体の一部はこんなに素敵な音色を奏でるのですよ、と目の前で自分の肋骨を手にした男がそれを吹いてみせたとしても、彼には単なる音でしかなく、はあ、と虚ろに答えるだけでその度に相手を気味悪がらせていたものだが、それを差し引いたとしても人々にとって彼の肋骨の音は魅力あるものだったから、そんなことはその男の評判を落とすことにはつながらない。
いつかほんの気まぐれで彼は自分の耳の穴に、笛に穴をあけるときに使う錐をぐりぐりと差し込んでみた。笛を作るときと同様、一時間ほど熱心に錐を耳の穴に突き刺していたものだが、ふと意識がとぎれるのを感じたとたん、その男は死んでしまった。
その男の突然の死を人々は訝しく思ったと同時に、もう笛が作られないことをとても残念に思った。その後、彼の遺体から人々は肋骨を手に入れて、笛を作ってみたのだが、彼が作るような不思議な音色はその笛からは聞こえることがなかった。

投稿者 hospital : 2003年12月15日 12:10