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2003年12月25日

猛スピードで母は

子供の頃の記憶に、死んでしまった父さんと丘の上で遠く森を眺めながら佇んでいる、というのがある。

記憶の中の父さんはいつも僕に背を向けている。そして旨そうに煙草を吸っている。
父さんの背中越しに見る空はいつも透き通っている。雲一つない空にもくもくと煙草の白い煙が立ち上ってゆき、上空で風にとらえられて消えてしまう。
父さんに関して、僕にはそんな記憶しかない。

母さんは子供だった僕にことあるごとに「父さんのようになってはいけない」と言った。
母は死んでしまった父さんのことをとても恨んでいるようだったが、どうして彼女が父を恨むようになったのかは一度も尋ねた事がない。それは僕らにとっての暗黙のルールのようなもので、聞くことができないのだ。

父さんといた記憶の中に、一度だけ母さんがいたことがある。
その時も父さんは僕に背中だけを見せていて、やっぱり僕は父さんから立ち上る煙草の煙を見つめている。
その向こうに母さんがいる。
母さんは満面の笑みで、タイヤを三段に重ねた不安定なその上で逆立ちをしている。そして母さんは引き攣った笑顔で父のほうを見る。しかし父の表情に何かを悟ったかのようにして、次に三段がさねのタイヤの上に椅子を据えて、それに座り満面の笑みで読書を始める。そのままチラチラと父の表情を窺うが、父の表情に何かを悟るらしく、次には不安定な椅子の上で逆立ちをする。――

そんな記憶だ。


父さんが死んでから十数年、母さんは女手一つで僕を大学まで行かせてくれた。愚痴一つ言わずに、僕の学費を稼ぐため、昼夜を問わずせっせと働いた。それは想像を絶する大変な苦労だったろう。
そんな母さんに報いるため、僕も一生懸命努力した。
有名企業に内定した時、僕は当然母の喜ぶ表情を期待していたのだが、予想に反してその時の母は、何故か引き攣った表情で僕の顔をまじまじと見つめるだけだった。

その日からだ。


僕と一緒にいる時、母は難度の高い技に挑戦するようになった。僕が帰宅すると、大抵ロープで天井から逆さにつる下がっている満面の笑みの母と目が合う。
なんとも言いようの無い光景だが、母はこちらの気持ちなどお構いなしで、吊る下がったままの状態で口から火を吐いたり、お手玉や、時には大車輪をしてみせる。
そんな母を見て僕は困惑した笑いを浮かべるのだが、僕の表情に彼女は勝手に何かを悟るらしく、母はさらに難度の高い技に挑戦していく。

一度、両手に日本刀を持って宙吊りのまま大車輪に挑戦するという、どのような原理に基づく技なのか首を傾げるしかないような大技に、母が挑戦していた時のことだ。
「私は今日から宮本武蔵です」と叫ぼうとした瞬間に、手に持っていた日本刀が誤ってロープを切ってしまい、まっ逆さまに彼女は墜落した。
目を白黒させてもんどりうつ彼女を唖然として見つめていると、彼女はそんな僕の表情に何かを悟ったかのように、今度は床の上に頭で体を支えながらくるくると回り始めた。
「私はコマです」と叫びながら、満面に笑みを湛えて猛スピードで回転する母を僕はみていられなくなり、彼女を置き去りにして家を飛び出した。

「父さんのようになってはいけない」
僕が子供の頃に母がよく言っていた口癖を思い出す。僕の表情の中に、父親の面影を彼女は見ているのだろうか。僕といる時、身を危険にさらす大技に挑戦せずにはいられない母のことを思うと、自然と僕は家に帰るのが怖くなってしまう。
一体僕の母さんは、何者なのだろうか。そして、父さんは一体どんな父さんだったのだろうか。考えれば考えるほど分からなくなるのだ。

投稿者 hospital : 2003年12月25日 12:14