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2004年02月16日

Brother

弟はのろまで、少しヌけた所があるので、兄貴のオレがしっかり守ってあげなくてはいけない。

俺達兄弟は街の小さな消防署に勤めている。
街の安全を守るため。恥ずかしいけどオレはそんなこと本気で考えていたりする。


父親も消防士だった。
オレが小学校にあがってすぐの頃、
父は近所の魚屋の息子を火事から救う代わりに自らの命を犠牲にした。

ことになっているが、それは建前で、本当は銀行員をやっている。
今も嫌になるくらい元気だ。
そもそも近所に魚屋はない。

弟が中学生の時

「オレのお父さんはロバートデニーロだった」

という不思議な過去形の嘘を学校中で振れまわり、
それがもとで弟がいじめられることを恐れたオレが
なんとかそこまで小さな嘘にまとめたのだ。

だから毎朝、髪の毛をしっかり七三に分けて
「よし。行ってくる」と家を出て銀行に向かう父を見るたびにやるせない気持ちになる。

母ははっきりと

「結婚するんじゃなかった」

と言っている。もう少し息子の気持ちも考えて欲しい。


ともかくオレ達兄弟も成人し、今では立派な消防士だ。

「ねえ。兄ちゃん。今日、火事ないね。今日はもうないんじゃないかな。帰ろうよ」
「バカいうんじゃない。いつ起こるかわからないから火事なんだ」

プルルルル プルルルル

そんなことを話していると、電話が鳴った。
3丁目のアパートで火事だ。子供と老人が建物の中に残されている。
オレと弟は目つきを変え、すぐに消防車に乗りこんだ。

信号機も関係ない。消防車はぐんぐんとスピードを上げて走った。
1分1秒でも早く現場へ。オレはあせる気持ちを必死で抑えた。

「ねえ兄ちゃん」
「なんだ」
「コンビニ寄ってもいい?」
「うん」

オレは消防車をコンビニに横付けして駐車した。
そのせいでコンビニに駐車していた一般車は外へ出られなくなってしまったが、
こっちは火事なんだから我慢してもらう他ない。
レジにも先にお客が並んでいたが、火事の最中なので先に割り込ませてもらった。

「マイルドセブンのライト、2つください」
「はい。えー540円のお買い上げになります」
「あと肉まんとピザまんも一つずつ」
「えーそうしますとお会計あわせて745円になります」
「はーい。あ、袋いいよ」
「ありがとうございます」
「ちょっと温めて」
「は?」
「だから温めて」
「肉まんですか?」
「違うよ。もう。こっちは急いでるのに。肉まんは最初からあったかいじゃん。煙草だよ。あっためて。少しでいいよ」
「・・・」

弟は湯気を立てるマイルドセブンを冷ますように、手のひらの上で転がしながら
消防車のほうへ走って戻ってきた。弟は嬉しそうだった。

弟が消防車に乗り込むとオレはすぐに消防車を加速させた。
こうしている間にも火事はどんどん広がっていく。

「ねえ兄ちゃん」
「なんだ」
「音楽流してもいい?」
「いいよ」

しばらくするとニールヤングの『アフターザゴールドラッシュ』が大音量で流れ始めた。
サイレンを消して、スピーカーからも流した。
街中がニールヤングの歌声に包まれた瞬間。

「なあ」
「なに?兄ちゃん」

「ちょっと野暮用思い出した。先寄ってもいいか」
「いいよ。兄ちゃん」

オレは1ヶ月前に別れたサチコのことを考えていた。
今なら素直になれる。ごめんなサチコ。オレが間違ってた。
オレは消防車をUターンさせ、サチコの家を目指した。

首都高に乗り、東名に乗り換え、サチコの住む横浜の家まで1時間足らずでついた。
アパートの前でオレは消防車をとめた。

部屋の前にたち、チャイムを鳴らした。
眠そうな顔をしたパジャマ姿のサチコが
チェーンを付けたまま開けたドアから顔を出した。

「誰?」
「オレ、タケシの兄貴やってるヒサシってもんだけど」
「はぁ」
「サチコさんのことずっと好きでした」

ドアは無残に閉められ、中から鍵がしっかりと閉められる音が聞こえた。

恋なんてこんなもんさ。
オレは諦めた。サチコにはオレの良さが分からなかった。それだけのことさ。
全然大丈夫。全然ショックじゃない。

オレは涙と鼻水を拭いもせず、消防車に戻った。
弟はそんなオレを気使って
CDをニールヤングから、マリリンマンソンの『ロックイズデッド』に変えてくれた。

もう仕事に生きるんだ。
オレはそんな強い決意をもとに火事現場を目指した。
もう迷いはない。

そして1時間後、俺達は火事現場に辿り着いた。
しかし、どう見てもそこには火事どころか建物がない。
火事だと連絡をうけたアパートはおろか
そのアパートがあるはずの場所の周辺一帯に建物がなかった。

まるで魔法使いに魔法で消されてしまったかのように
白い煙が真っ黒い地面から所々じわじわと上がっている。


イタズラ電話か。


オレは悲しくなった。
火事がなかったことは喜ぶべきことなのかもしれないが、
こんな人の命に関係したことを、冗談半分で暇つぶしのネタにする人間がいるなんて。

オレは信じられなかった。

「兄ちゃんしょうがないよ」
「・・・」
「兄ちゃんが悪いんじゃない。時代が悪いんだよ」

弟は落ち込むオレの背中をたたいてそんな言葉をかけてくれた。

いつのまにかしっかり大人みたいな口をきくようになりやがって。


それでもオレは消防士を続けている。
なぜってそれはやっぱりみんなの住む街を少しでもいい場所にしたいなんて思っちゃってるからだと思う。

恥ずかしくってこんなこと人には言えないけどさ。

投稿者 hospital : 2004年02月16日 16:16