« 実感 | メイン | 最後のディスクレビュー15 »

2004年02月05日

純文学屋の女房

純文学が読みたくて、純文学を買いにいったんだ。

「へい、らっしゃい!」
「純文学、ください」
「へい、どういったかんじにいたしやしょ」
「えーと、基本的には白樺派っぽいかんじで、でも、ちょっと、女性の描写には耽美
がはいってるみたいな、そんなやつお願いします」
「あいよ!」

そう元気よく応えるやいなや、さっと原稿用紙をひろげる店のオヤジ。ねじり鉢巻を
ぎゅっと堅く絞め、颯爽と万年筆をふりあげ、早速純文学つくりにとりかかる。その
手際のよさ、威勢のよさに、相変わらず見惚れてしまう。僕は窓際の席に座り、外を
眺めながら、一週間後の中間試験のことや、3組の高橋さんのこと、こないだポパイ
に載っていたドルチェアンドガッバーナのスニーカーのことなんかをぼんやり考え
て、純文学ができるのを待つ。

(1時間後)
主人はいまだ原稿用紙にむかっている。
僕は学生服の胸ポケットからキャスターマイルドをとりだし、こないだ、青木んちの
近くのディスカウントショップで万引きした銀製ZIPPOで火をつける。学生服のまま
タバコを吸ってもなんのお咎め無しなのは、駅前のお好み焼きモンちゃんと、この店
くらいなのだ。プカーツと、煙をはきながら、僕は、店の棚にあった週間宝石のグラ
ビアページを眺める。

ガラガラガラ。店の戸が開き、着物姿の初老の男性が入ってきた。

「らっしゃいませー。おや、先生、しばらくぶりですね」
「やあ。調子はどうですか」
「へい。おかげさんであっちのほうも元気でさあ。へへへへ」
「そいつはけっこう。ふぉふぉふぉ」
「今日はなんにしやしょう」
「そうですなあ・・・おや?」

先生と呼ばれるその男の視線の先には、こんな張り紙があった。

『ロック、はじめました。』

「ほう、ロック、はじめたんですね」
「ええ、女房のやつが、はじめたんですよ」
「どれ、じゃあ今日は、そのロックをひとつ、頂こうかな」
「へい、ちょいとお待ちください」

主人は席を立つと、店の奥の方に向かって叫んだ。
「おーい、おまえー、ロックがはいったぞー」

「はいはい。いまいきます」

店の奥から、のれんをくぐってエプロン姿のおかみさんが現れた。
角刈り、色黒、骨太で、少しゴリラに似た主人とは正反対の、
ほっそりとした、育ちのよさそうな、若い頃はさぞ美しかったろうにと思わせる、決
しておばちゃんとは呼ばせない、そんな雰囲気を持った中年の女性だ。

「あら、先生じゃない」
「やあ、しばらくでしたね」
「先生もロック、お好きなのかしら」
「まあ、僕も若い頃は仲間とロックバンドやってたこともあったのでね」
「あら、先生にもそんな時代があったのね」
「いやあ、お恥ずかしい。こうみえても昔は、ギグの度に大暴れしてね、いくつもの
ライヴハウスから出入り禁止をくらったりしたもんです」
「まあステキね。ロックだわ」

先生と呼ばれるその男は、しばし、宙をみつめ、遠い昔を思い出しているようであっ
た。

「実はね、先生。先生が、ロックを注文したはじめてのお客さんなんですよ」
「ほう、そりゃあ光栄ですな」
「あたしね、ロックの店やるの、夢だったんです。昔ね、ずっと昔、うん十年も前に
ね、ロンドンに留学してたときがあって、そのときにロック、覚えたんです」
「じゃあ、本場で学んだんですな。こりゃあ期待できますな。バンドなんかもやって
たんですか?」
「ええ。ホームステイ先の若夫婦がね、あたしにロック、教えてくれたんです。私た
ち、すごくすごく仲良しでね、三人でバンド、組んでたんです。夢のような日々でし
た。とっても楽しかった。でもね、ある日、二人同時に、ヘロインの過剰摂取で・・
・」
「おやまあ。つらいこと思い出させてしまいましたね」
「あの人たちに教えられたロック、いつか店でだせたらなあとずっと思ってたんで
す。それで、主人に無理いって、うちの店で、ロック、やらせてもらうことになった
んです」
「そうでしたか」
「ねえ、先生、どんなロックにしましょうか」

先生と呼ばれるその初老の男は腕をくみ、しばし考え込んでから、こう言った。

「シューゲイザー、できますかな」
「まあ。それがあたしの一番得意なやつですわ」
「そりゃあいい。では、それをひとつお願いします」
「はい」
「あ、それと」
「はい」
「フィードバックギターをうんときかせてもらえますかな。なんだかそんな気分なん
です」
「はい。かしこまりました」

ギュワ~ン。
おかみさんが、早速ギターのチューニングをはじめた。
フェンダーのジャズマスター。
従兄弟のタケちゃんと同じやつだ。
タケちゃんは僕より八つ年上で、高校を出てすぐ東京の有名な大学に進学したのだけ
れど、バンドに夢中になりすぎたせいで、結局卒業できず、いまはこの地元に戻っ
て、僕のうちの近所にある大きなスーパーマーケットの肉部門で働いている。たまに
仕事帰りに僕のうちに来て、僕にギターや、映画のことや、女の子のことなんかを教
えてくれるんだ。

ジャガジャアアアアン。ジャガジャガジャガジャアアン。

原稿用紙を、サラサラとなめるように書き進める主人の手がとまった。

ドッドッドッドッド。
おくさんがドラムマシーンをいじりだした。
ドッドンチンチンドッドンチンチンドッドンチンチンドドンドドンドドンドドンドド
ン。
「ほんとは生ドラムがいいんだけどな」
おくさんは、そうひとりごちながら、主人の方をちらりと見やった。
ズズンダンズズンダンズズンダンズズンダン。

音にあわせて、主人が貧乏ゆすりをはじめた。
完全に万年筆を持つ手は、止まっている。

先生と呼ばれる初老の男性は、AERAを読んでいる。
僕は、カバンから、今日パシリの山本に学校裏のローソンで買って来させた週間スピ
リッツをとりだして、読むことにする。

アッアッ。
マイクチェック。マイクチェーック。アー。
おかみさんがマイクチェックをはじめる。

握っていた万年筆をパタリと机のうえに置き、ついに主人が口を開いた。

「なあ、おまえ、もう少し静かにできねえのかい」
「まあ、あなた、あたしがいま何をつくってると思ってるの。ロックよ。若者のやり
場のない怒りが生んだロックンロールよ。静かになんかできないわよ」
「こっちは純文学つくってるんでい。こんなにうるさくっちゃ集中できやしねえ」
「仕方ないじゃない、ロックなんだもの。ロックよ。ロックなのよ。そして、これが
・・・」

おかみさんはうつむいて、靴のつま先をみつめる格好で、髪を振り乱して、ギターを
かきむしり始めた。アンプから溢れ出す轟音。混沌のなかから生まれる美学。幾重も
のノイズに包まれたメロディー。

「そしてこれが、シューゲイザーなのよ!」
「やめてくれ、いまおれは大事なところなんだ」
「わたしだって大事なところよ。いますごくいい曲がうかんだのよ」
「こっちは煮詰まってるんだ。こううるさくっちゃ出せるアイデアも出てこねえよ」

「じゃあ、ロックつくるのやめろっていうの?先生が、せっかく注文してくれたの
に、ロックつくるなっていうの?」
「なあ、何度も言ったけど、純文学屋でロックなんて土台無理なはなしなんだよ。
ロックはロック屋にまかせときゃいんだよ。おまえのロックなんて、どうせ素人の手
習いじゃねえか」
「なによ。あなたいつも、あたしのロックは最高だって言ってくれるじゃない。わー
ん」
おかみさんが泣き出した。
主人は、やれやれといった様子で、ショートピースを咥えた。

先生とよばれる初老の男性がたちあがって言った。
「これこれ、夫婦喧嘩はおやめなさい」
「へい。でもね、先生。こちら、あのお兄ちゃんの純文学を先に仕上げないといけな
いんでさあ。こううるさくっちゃかないませんよ」
「わかってます。でもね、こちらも注文したからには、おくさんのロックをちゃんと
聴くまで帰れません。おくさん、わたしはいくらでも待ちますから。ご主人が純文学
おわらせて、それからロック、つくりはじめればいいじゃないですか」
「はい。そうします。でもあたし、ロック、ひとりでつくるから、時間かかるから
…」
おかみさんは顔をくしゃくしゃにして泣いている。

ついに僕はいてもたってもいられなくなって、
「あの、僕、純文学、あとでいいです。ぼくも、あの、おくさんのロック、ききたい
です。僕もロック、注文します。同じやつ。そうだ、なんなら、僕、手伝います」
と、言ってしまった。
おかみさんの顔がぱっと明るくなった。
先生が僕に話しかける。
「お若い人、楽器、できますか?」
「はい。ギターなら」
「そりゃあいい。では、みんなでロックするっていうのは、どうでしょう。私、ベー
スやります」
「じゃあ、あたし、ボーカル&ギターでいいわけね」
「ではドラムは・・・」
みんなの目が主人に集中する。主人は腕をくみ、ブスっとした顔で原稿用紙をにらん
でいる。
「ねえ、あなた、ドラム、お願いできないかしら」
僕も言った。
「お願いします。ドラムはやっぱり生がいいです」
すると、主人は組んだ腕をほどき、すこし照れくさそうな表情で、
「ったくしょうがねえなあ。おにいちゃん、純文学、だいぶあとになっちまうけど、
ほんとうにいいのかい?」
「はい。いいんです」
おくさんが店の奥からギターとベースを一本づつ、それとドラムセットを運んでき
た。
主人が腕まくりをしてドラムスティックを握った。
「ようし、じゃあ、いっちょうやりますか」

それから僕たちは、4,5時間ほどあれこれと演奏を続け、ひとつのロックをつくっ
た。
おかみさんが即興で作曲したその曲は、ライドのCHELSEA GIRLという曲にところどこ
ろ似ていたけど、いい曲だと思った。
先生のベースは、シド・ヴィシャスばりに下手だったけど、手足をでたらめに動かし
ながら演奏するその姿は、とても存在感があった。先生は店の机をひとつ蹴飛ばし、
花瓶ふたつ壊した。
主人のドラムもはかなかうまかった。きけば、昔、大阪のキャバレーでバンドをやっ
ていた経験があるそうな。

おかみさんは本当に嬉しそうだった。何度も何度も、僕たちに、ありがとうを言っ
た。
お代はいいと断る夫婦に、先生は、「とてもいいロックでしたから」と、僕の分まで
含むロック代を、おかみさんの手に無理矢理おしつけ、帰っていった。

それから僕は店の主人が純文学をつくり終えるのを待った。
ようやく出来たとき、時計の針は夜11時半を指していた。
主人は申し訳なさそうに僕に言った。
「おにいちゃん、すまないね、遅くなっちまってさ。純文学、とびきり純にしといた
から。それと、おまけに現代詩もひとつ、つけといたから」
「あ、どうも」
それからおかみさんが、僕の手を握って、
「また来てね。また一緒にロック、つくりましょうね」
と、微笑んで言った。
その顔は少し、パティ・スミスに似ていると思った。
僕は、なんだか少しドギマギしながら、
「はい。是非」
と答えて、店を出た。

すりガラスから漏れる店の灯りを頼りに自転車の鍵を開け、サドルにまたがった。
両手で握ったハンドルのゴム部分がひんやりと冷たかった。
僕は、帰りが遅くなったことを、両親にどう言い訳をしようかと考えながら、ボビー
・ギレスピーのサングラスみたいに真っ暗な闇の中に向かって、ゆっくりと、自転車
のペダルをこぎだした。

投稿者 hospital : 2004年02月05日 16:13