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2004年03月01日

三月の追伸

追伸

先月のマグロの件、OKということでお願いします。
自分なりに考えた結果ですし、それでもあなたを傷つけてしまったことに後悔してない訳ではないんです。


母からこんな手紙が送られてきた。
追伸から始まる不思議な手紙だった。
そして、その内容もまったく身に覚えがないことで
少し母のことが心配になった。

次の日、また母から手紙が送られて来た。


追伸

マグロだって生きてるからね。
生きてるだけで勝ち組だよ。なんてアナタらしくないセリフ。
だけどちょっと落ちついた。ありがと。

母の言っていることが俺にはまるで理解できなかった。

第一、俺はまだ母に返事を返してないし、母が言うようなセリフも言ったことはない。
母は今何を考えているのだろうか。
いそいで母に手紙を書くことにした。


母さんへ

元気にしてますか。
しばらく家に帰れなかったこと、悪いと思ってます。
俺なりに考える所があって今は誰にも会いたくないと思ってました。
もし、母さんを心配させていたとしたらすごく申し訳ないと思います。
あんまり心配しないで。
大丈夫だから。ちゃんとやってるよ。


今思い返すと恥ずかしいが俺はそんな手紙を母に書いた。
母の手紙のおかしさを追及するよりも
今は正直に自分の話をするべきなのではと考えていた気がする。
それが母にとって良いことだと。


次の日。母から手紙が来た。


P.S. 手紙ありがと。イサオにはイサオの生き方があると思うしさ。
   父さんだってアナタのこと恨んでる訳じゃないと思うよ。
   いつでも帰ってらっしゃい。
   サチコもあなたに会いたがってる。


やはりおかしかった。
まず、P.S.から始まっている所がおかしいし、
俺の名前はイサオじゃないし、サチコなんて名前の女性に覚えはないし
父さんに恨まれる覚えもない。
ただ、不思議だけどなんだかすごく温かい気持ちになった。
細かい所はまちがっていたけど、母さんの思いは本当の気がした。
家に帰ってみようかな。
俺はそう思った。

次の日。俺は実家へ帰った。


少し緊張しながらもワクワクして「ただいま」と元気よく言ってみた。
母は昔と変わらないエプロン姿で台所から出てきた。
「お帰り」そう優しく言ってくれた。
嬉しかった。

次の瞬間。ほのかな安心感は絶望へと変わった。


居間に墓石が立っていたのだ。
正面になにも文字が書かれていなかった分、余計無気味に見えた。
黒く光る巨大な石の直方体が居間に立っていた。


真っ黒い墓石の側面を見てみると 「サチコ 享年25歳」 と刻まれている。
その脇には「マグロ 享年二ヶ月」と刻まれたというか白いチョークで書いてあった。


母は墓石に向かって

「サチコ。お兄ちゃん帰ってきたよ」

と話しかけた。


サチコは母の中で俺の妹という事になっているらしい。


夕飯は「マグロ」だった。
マグロを材料に使った料理ではなく、「マグロ」だった。
食卓には3匹のマグロがなにも手を加えられないまま置かれていた。

俺は母さんの方を向いて一言 「母さん」 とつぶやいただけだった。
それ以外なにも言えなかったのだ。
母さんは黙ってマグロを見つめていただけだった。

次の日の朝。枕もとに手紙が置いてあった。


追伸

いつか分かってくれると思う。
今はそれしか言えない。

あ。「今」と「居間」をかけたわけじゃありません。


俺はただただ泣きながらその手紙を何回も読んだ。

母になにかがあったこと。
今の母の状態が母にとっての解決法だったのだと思い納得することにした。
それ以外に俺には何もできないと思ったのだ。
ふがいない息子でごめん。母さん。


その日の夜。俺はまた東京へ戻ることにした。
母は寂しがっていた。
「また来なさいね」
そう言って俺を見送った。
俺は駅に向かって歩きながら、たまに母のほうを振り返った。
母はずっと手を振っていた。

遠くに母の影が消えた頃、俺はあたりも気にせず泣いた。

家を出る前、母が大きなマグロで居間に立っている墓石を何度もひっぱたいていたこと。
ひっぱたきながら

「この!」

「際!」

「マグロ!」

そう掛け声をかけていたこと。
俺には「この際マグロ」と聞こえたけど実際そうだったのかわからないし、ちがくても悲しいことには変わりないということ。
黒いマグロの肌と墓石の黒い肌がお互い光っていて、ぶつかるごとに鈍い音を立てていたこと。

それら全てをいっぺんに思い出したら自然と涙が溢れて来たのだ。


3ヶ月たった今もその音は耳から離れない。

そこの見えない不安と不思議な安心感が頭の中で
なにか俺に言おうとしているが

今の俺にはそれを聞く勇気がない。

投稿者 hospital : 2004年03月01日 16:18