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2004年04月30日

カルシウム不足と世界の終り

カルシウムが不足してるんだ。
昨日シャワーを浴びてバスタブを出るときバスタブのふちにぶつかった右足が折れた。その拍子で転んで脇腹を便器にぶつけて肋骨が何本か折れた。僕はカルシウムが不足しているんだ。

カルシウムと折れた骨を治すための骨修理機を買いに出かけたいんだけど、足が折れたんじゃ外には出かけられない。誰かに買ってきてもらおうと友達たちに電話をしても誰もが留守。ひとりくらい僕からの電話に応えてくれたっていいじゃないか。くそったれ。いらいらする。僕はいま、カルシウムが不足してるんだ。

午後、ベッドに横になっていらいらしながらも途方に暮れていると枕もとで電話がなった。
「もしもし」「チャミ、あたしの愛しい坊や、元気かい」ママからだった。
「やあ、ママ。右足と肋骨何本かをのぞけばすこぶる元気だよ」
「そう。ママも血圧とか血糖値とか、とにかく血のことをのぞけば、元気よ。ねえ、チャミ、もうすぐあなた誕生日でしょ。プレゼントには何がご希望かしら」
「カルシウムが欲しいね。それもいますぐ」
「まあ、カルシウムですって。もっと値のはるものでもいいのよ、坊や。たとえば、鰐皮のベルトだとかカンガルー皮のバスケットシューズだとか象皮の靴下だとか、そういうの」
「ママ、僕はいまカルシウムがこころから欲しいだ。ねえ、たのむからいますぐ送ってくれないかな」
「まあ、どうしたの。なんだってそんな急にカルシウムが必要だっていうの」
「カルシウム不足なんだ。骨がひどく弱っている」
「まあ。あなた、コーラばかり飲んでるんじゃないの。コーラはダメよ。コーラは人を太らせ骨をダメにするばかりか人を早死にさせるの。あなた、いまだかつてコーラを毎日飲んで長生きした人の話をきいたことがあって?」
「ないよ、ママ。それに僕はコーラなんかこのところずっと飲んでない。本当さ。かけ値なしに。ママ、とにかく、はやくカルシウムを送ってくれよ」
「ねえ、チャミ、自分でカルシウムを買いに行くことはできないの?もしかしてチャミ、あなた、カルシウムを買うお金もないっていうんじゃないでしょうね」
「ちがうよ、ママ。右足がね、折れちまってるんだ。骨修理機も松葉杖もない。外に出られないんだよ、ママ。お金はたっぷりあるんだけどね。純金でできた松葉杖が半ダースは買えるくらいに」
「まあ、なんですって。骨が折れてるですって。チャミ、あなたどうしてそれを早く言わないの。ママすごく心配だわ。カルシウムと一緒に骨修理機も一緒に送るわね。ちょっと、重量があるから、時間がかかるかもしれないわ。なにしろあたしの持ってる骨修理機ときたら冷蔵庫くらいはあるんですもの。配達夫のバンバラさんがいくら力持ちだといっても、あれをあたなのもとに届けるには2、3日はかかるわ。ねえ、チャミ、それまで待てるかしら」
「ママ、もちろん待つよ。感謝する」
「ねえ、チャミ、今度の休暇はうちに帰ってくるのかしら」
「さあ、わからないな。旅行にも行きたいしね」
「あのね、パラードさんがね、あなたに会いたがってるのよ。ねえ、パラードさんのこと前に話ししたでしょ。そう、オーロラ鑑定士のパラードさん。あたしたちね、いまとってもいい仲なの。パラードさんたらね、カマトト釣りが滅法上手なのよ。ねえ、あなたも好きだったでしょ、カマトト釣り。パラードさんに言ったらね、是非一緒にやりたいって。ねえ、だから休暇にはこちらに帰ってきなさいな。そうだ、チャミ、あなたのガールフレンドも連れてきてもいいのよ。エバエルっていったけ。いい娘よね。耳の穴がすごくかわいいの。それに首がすうっと長くって素敵よね。ママ、もう一度会いたいわ」
「ママ、もう彼女とはおわったんだ」
「まあ、なんてことでしょう。チャミ、それを聞いてママすごく残念だわ。でも仕方ないわよね。若いうちはいろいろあるわよ。またいい人がみつかるわ」
「そう願うよ。ねえ、ママ、誰かきたみたいなんだ。電話を切るよ」
「わかったわ。ちゃんとカルシウムと骨修理機送るわね。いい子にしてるのよ、坊や。じゃあね、愛してるわ」
「うん。じゃあね、ママ。愛してる」

電話を切ると僕はドアに向かってあらん限りの大声で叫んだ。ママの長話にひどくいらいらしてたんだ。
「誰だい!」
「あたしよ、チャミ、ちょっとここを開けてちょうだい」
「エバエル、君なのかい。どうしたんだ」
「忘れ物をとりにきたのよ。ねえ、はやく開けてちょうだい。寒くってこごえ死にそうなのよ」
「ちょっと待ってくれ、エバエル。すぐ行くよ」
向こう側でエバエルが待つドアへと向かおうとベッドを降りようとしたとき、床についた左腕がぽきっと乾いた音をたて折れた。そのまま僕は床にずるりとすべり落ちた。なんとか起き上がろうとしたけれど、右手と左足だけでそれをするのは無理だった。何年も掃除してなかった床は汚れでねちねちと粘っこく、それにひどく冷たかった。
「ねえ、何してるのよ。はやくしてちょうだい。すごく寒いのよ。それともあなた、あたしを中にいれる気はないんじゃないの」
「そうじゃないよ。動けないんだ。なにしろ右足と左腕がぽっきり折れちまってるものでね」
「まあ、チャミ。嘘でしょ。あなたってあいかわらず変な嘘つくのね。会いたくないなら会いたくないってはっきりいってちょうだい」
「本当だよ、エバエル。どうあがいても立ち上がれないんだ。あ痛っ。いま左足の小指が折れた。畜生。ひどいカルシウム不足なんだ」
「ねえ、チャミ、あなたに不足してるのはカルシウムなんかじゃないわ。誠実さよ。あたしのいうこと、わかるかしら」
「まったくだ。君のいうことはいちいちもっともだよ、エバエル。僕に足りないのは誠実さだ。こころからそう思う。でもね、エバエル、よくきいてくれ。実際にいま僕は誠実さとともにカルシウムも不足していて、腕と足の骨が一本ずつ折れていて身動きがとれない。本当なんだ。神に誓う。エバエル、お願いだから信じてくれよ」
「いいわ、信じるわ。だからね、バスルームに行ってあたしが昔置き忘れた香水を持ってきて欲しいの。カレッジの卒業祝いに祖母がくれたやつよ。ハイカラ草のうんといい香りがするの。お願いよ」
「でも僕は動けないんだって言ってるだろ!」声を荒げて僕は言った。いらいらする。カルシウムが不足してるんだ。
「ねえ、今夜のパーティーにあの香水をつけていきたいのよ。わかるでしょ。今日で世界が終わるのよ。世界最後のパーティーなのよ。うんとめかしこんで行きたいのよ。ねえ、わかるでしょ?」
「世界が終わるだって?」
「あら、あなた、ニュースみてないの?そうよ、今日で世界が終わるのよ。ねえ、世界が終わる日くらい、意地悪しないであたしをここに入れてちょうだいよ。寒いのよ。本当に凍え死にそうなくらい寒いの」
「はっはっは。そいつはのっぴきならないね。君って人は相変わらず突飛な嘘をつく。さっきママと話したけど、世界が終わるなんてひとつも言ってなかったぜ」
「あら、あなたのママが住むところはひどい田舎だからきっとテレビなんかないんじゃなくって」
「馬鹿なことを言うんじゃない!」畜生、いらいらする。カルシウムが必要だ。
「もう、とにかくここを開けてよ。また寒くなってきたわ。もう手足の感覚がないの。鼻水まで凍ってるわ。このままだとあたし、パーティーにもいけずこのままこのみすぼらしいアパートの黴臭い廊下で凍え死んじゃう。こんな惨めなことってあるかしら」
「エバエル、僕にはどうすることもできないんだ。鍵屋をよんで鍵を壊してくれ。それからカルシウムと骨修理機も買ってきてくれると嬉しい」
「チャミ、もう手遅れよ。あたしの体、もう動かないの。口だってなんとか動かすのがやっとだわ。それにもうひどく眠たくなってきちゃった。あたし、このまま死ぬんだわ。ねえ、チャミ、あんたのせいだからね。本当に最後まで嫌な人だったわね。あんたなんてきっと地獄いきね。それも地獄のスペシャルコース。舌を抜かれて毛という毛を全部抜かれてペニスだってひっこ抜かれて皮膚も全部はがされて包丁でばらばらに切り刻まれてそれからミキサーにかけられて挽肉にされてパン粉と卵と一緒にこねられてそこに少々塩コショウとナツメグをいれて…」エバエルの声がだんだんと小さくなっていく。
「エバエル!エバエル!」大声で叫んでみても彼女からの応えはない。
本当に凍え死んだのだろうか。それに、世界が終わるだって?

三十分ほど天井をぼんやり眺めていた。再び電話が鳴る。ベッドの上に置かれた電話にむかって右手を思い切りのばすとなんとか受話器をとることができた。
「もしもし」
「や、こんにちは、ペルーダさんの息子さんでしょうか」
「いかにも。ペルーダの息子のチャミですが」
「や、あたくしね、配達夫のバンバラと申します。さきほどね、あなたのお母さんがこちらにいらして、あなたにカルシウムと骨修理機を届けて欲しいっておっしゃるんですがね、ほら、なにしろ今日は世界の終りじゃございませんか。ですからね、あたくし、今日はもう配達はやらないつもりなんでさあ。もちろん、明日も明後日もやりませんがね。とどのつまりは、もう配達は無理だっていうことをお伝えしたかったんでございまさあ。どうか悪く思わんでださい。あたしにもどうにもできないことなんです。なにせ、ほら、世界は今日で終わっちまいますから」
「本当に世界が終わるんですか。信じられない。悪い冗談はやめてください」
「いやはや、さすが母子ですな。あなたのお母さんも同じことをおっしゃってました。昨夜のニュースでね、ちゃあんと報じとりましたよ」
「それで、母はいまどこにいるんでしょうか」
「や、は、これがね、いまうちのバスルームでシャワーを浴びとりますです。さっきね、あたしとことを終えたばかりでしてね。いひひひ。これからね、オーロラ鑑定士のパラードさんも呼んで、今度は三人で楽しもうってことになっとりますです。いひひひひひひ」
僕は受話器を壁に向かって思い切り投げつけた。その拍子に右腕がぽきりとまた乾いた音をたてて折れた。

カーテンを閉め切ったままの窓を眺めても外の様子をうかがい知ることはできない。右足と両腕が折れた体ではリビングまで行ってテレビを見ることもできない。ひとつだけ自由のきく左足をばたばたと動かしていたら、ベッドにぶつかり、またぽきりと乾いた音をたてて折れてしまった。
畜生!畜生!くそったれ!なんだって世界の終りの日にこんな目にあわなきゃいけないんだ!
ひどく喉が渇いていた。無性にコーラが飲みたい気がした。でも、もう僕はどこへも行けやしないし何をすることもできない。
僕は、手足の自由のきかない体を汚い床に横たえて、ただいらいらと、世界が終わるのを待ち続けるしかなかった。

投稿者 hospital : 2004年04月30日 16:32