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2004年05月18日

死んでもおまえをはなさない

死ぬまでおまえを離さないというところを、死んでもおまえを離さないなんて言ったばっかりに、心臓発作でぽっくりいっちまった今も俺は女房から離れられないでいる。もちろん、それは俺の意志じゃない。俺は死んで、皮も肉もなくなって、いまは憐れな骸骨の身だ。生前自慢だった裕次郎似の顔はドクロだ。離さないもなにも、死んでしまった俺にいったい何ができるっていうんだ。俺は別に何もしちゃいない。ただ、女房が俺を、骸骨になった俺を、片時も離さないでいるんだ。ちょうど若い頃流行していたダッコちゃん人形のように、骸骨の俺がいつだって女房の右腕にぶらさがってるっていう有様だ。


今日も女房は俺を右腕にぶらさげて結婚式に出席した。未亡人だった女房の友人が再婚するってんだ。なんでも相手は大学の偉い先生だっていう話だ。そんなめでたい席に骸骨の俺をつれたのじゃ無理もない。出席者の多くは彼女を白い目でみた。愛する女房がそんなふうにみられたんじゃ俺も気分が悪い。結婚式なんか出席すべきじゃなかったんだ。それでも女房は終始ご機嫌だ。あちこちに愛想をふりまいてやがる。お辞儀をするたびに骸骨の俺がカタカタと音をたてる。みんなが嫌な顔する。それでも女房のやつ、へっちゃらへいのすけってなもんでニコニコ笑っていやがる。どうにも鈍い女なんだ。
なあ、もう家に帰ろうぜ。こんなところに骸骨なんかつれてきちゃダメなんだ。さあ、はやく帰ろう!いくら俺が大声をはりあげても、幽霊の俺の声なんか女房の耳にはとどきやしない。死人に口なしってのはこうことをいうんだろうか。

ユニークなものぶらさげてますね、と女房に声をかけた女がいた。メキシコの結婚式にならってるんですか?
「いえ、ちがうんです。これはね、あたしの旦那なんですわよ。あたしたちいつも一緒なの」女房は笑顔で答えた。
「あら、まあ、そうでしたか。おほほほほ」
女はひきつった笑みを浮かべてどこかに行ってしまった。
そんな会話を近くてみていた別の男が女房に声をかけた。俺や女房と同年代くらいの、品のいい洋服を着た知的なかんじのする、そんな男だ。
「失礼、奥さん。あなたの旦那さんについて詳しくてきかせていただけませんか」
「よろしくってよ。ところであなたはどなたかしら?」
「新郎と同じ大学に勤める者です。オカルト学を教えています」
「まあ、オカルト学ですって。ずいぶんおもしろそうね」
「ええ、最近の大学はそういうこともやるんです。なにせ少子化ですからね。大学もあの手この手で学生を集めます。私の本当の専門は法学なんです。教授連中との飲み会でね、オカルトが好きだなんて口を滑らせたばっかりに、次の教授会では私が担当でオカルト学の講義を開くことが決定し、次の学期のスケジュールにはオカルト学の時間枠が用意されてたってわけです」
「まあ、ずいぶん乱暴なことをするのね」
「ところで、ご婦人、その、あなたのご主人というのは本物の人骨なんでしょうか」
「ええ、もちろん。あたしの旦那ですもの」
「では、法的にいうと、それは…」
「冗談よ。レプリカですわ。うまくできてるでしょ」
この嘘つきめ。なにがレプリカなものか。正真正銘の人骨様だ。
「ふむ。あっちに人類学の教授がおります。ちょっと彼にきいてもいいですか」
「おやめください。お願いします。こまるんです」
「するとそれは本物の人骨なんですね」
「そうですわ。あなた、オカルトだなんてやってるんでしょ。だったら見逃してもらえないでしょうか」
「いいでしょう。その代わり、明日わたしの研究室にいらしてはもらえないでしょうかね。詳しくお話をききたいんです」
「ええ、いいわ。でもこのことはくれぐれも内緒にしてくださいね」
「もちろんですとも」男は彼女に名刺をわたして去っていった。

翌日、女房はいつものように骸骨の俺を右手にぶらさげて男が勤める大学へとむかった。
大学校内に入ると学生たちが彼女を興味深げに眺めた。ひそひそと話し合ってやつらがいる。指をさして笑うやつもいる。何人かが女房のもとへ集まってきた。カメラを手にしているやつがいる。おい、みせもんじゃねえぞ、あっちいけ。どんどん人数が増えていく。ひとりが女房に声をかけようとしたちょうどそのとき、俺の左足のくるぶしから下の部分がかちゃりと音をたてて落ちた。ひゃあと悲鳴をあげて学生たちは四方に散る。なんでえ、びびりやがって。この暑い中、初老の女が重たい骸骨をぶらさげて歩いてるんだ、落し物くらい拾ってやったっていいじゃねえか。といってもその落し物が人骨だってんじゃ無理もねえのか。死して拾う屍なしとはこういうだな。
妻が男の研究室に到着すると、男はあいさつの後、こんな質問をした。
「えーと、まず、阿部定事件というのはご存知でしょうか」
「ええ、知ってますわ。好きな男のおちんちんを切って持ち歩いてたって話でしょ。まったくひどいことするわよね」
「すると、その旦那さんというのはあなたが殺したというわけじゃないのですね」
「まあ、そんなわけないでしょ。主人はね、心臓発作で死んだんです。愛する人を殺すなんてあたしには考えられないわ」
「なるほど。ではあなたは、なぜ死んだご主人を連れ歩いているのですか。あなたは死んで骸骨化したご主人をまだ愛しているというわけですか」
「そうよ。だってあの人、生前わたくしに骨まで愛してなんて言ってましたもの」
俺、そんなことまで言っていたのか。まったく記憶にない。
「ねえ、あなた、愛する人が死んだこの気持ち、あなたにはわかるかしら」
「ええ、わかりますとも。私もね、3年前に女房を事故で亡くしました」
「まあ、そうでしたの。それじゃあ、あたしたち同じ穴のむじなってわけね」
「そうですね。ただ私の場合ちゃんと妻は火葬しましたけどね」
それから男は女房に様々な質問をした。風呂にはいるときのことだとか、トイレも一緒に行くのかとか、そんな質問ひとつひとつに女房はいちいち丁寧に答えた。
「トイレもお風呂も一緒ですけどね、着替えるときは離れてもらいます。裸はみられてもかまわないんです。でもね、着替えるところは恥ずかしいの。女ってそういうもんなんです」
それから質問はぐっとオカルトめいて、
「ご主人が枕元に立っていたとか、ご主人の声が聞こえるとか、そういった類の霊現象を経験したことはありますか?」
「いーえ、ぜーんぜん。あたし、霊感とかそういうのってまるでないみたい。幽霊になった主人と話が出来たらどんなに楽しいだろうって思うんですけどね」
そう言って女房は俺の口をパカパカと開け閉めする。
「もう、あなた、なんとかいってみなさいよ」」
おーい、おーい。いつだって俺はおまえに言ってるだろ。はやく俺を土に埋めてくれ。はやく俺を成仏させてくれ。

その日以来、女房は週に一度この男のもとを訪れるようになった。
ロールシャッハ。ツベルクリン。ななめ懸垂。男はありとあらゆる検査を女房に施した。
なんだってそんなことをする必要があるか俺にはわからないが、大学の先生のやることだ、何か意味があるのだろう。ただひとつ、理解できなかったのは、一度男は、女房に服を脱ぐことを命じたことがある。これには俺も頭にきた。鈍い女だ、女房の奴、ためらいなく俺以外の男の前で裸体をさらけだすんじゃねえかとハラハラしたが、さすがの女房もおかしいと思ったのだろう。拒んでくれたときはほっと胸をなでおろした。この助平野郎め。まったく仏の顔も三度までだぜ。別に三度許したってわけじゃねえが、だいたい使い方はあってるだろう。
そんなことがありながらも、女房のやつ、ちょうどいい茶飲み友達ができたってもんで、足繁く男の勤める大学へ通った。そのうち学生たちの間では骸骨おばさんなんて呼ばれてすっかり人気者だ。
ある日のこと、男は女房をパーティーに誘った。
「今夜、オカルト仲間たちと定例勉強会があるんです。よかったら一緒にどうでしょう。なあに、勉強会といっても酒を飲みながら勝手気ままな話をするだけのことなんですがね」
「あら、おもしろそうね」好奇心旺盛な女なんだ。
オカルト好きの連中ばかりが集まったとあって、みな理解があるのだろう、いつもはキチガイ扱いされ、敬遠される女房ではあったが、ここでは骸骨を連れた彼女は歓迎された。なにせ女房以外にも自分を宇宙人だと称する男や、預言者だと言う者や、まともそうに見えるが、趣味は黒魔術なんていうやつや、とかく変わったやつばかりが集まっていたんだ。しっかし、これだけ妙なのがいるんだ、ひとりくらい霊と会話ができるなんてやつがいれば良いのになと思った。
この日の女房はじつに楽しそうだった。
旦那をなくし、その旦那の骨を連れ歩いてるもんだから友人たちもはなれていっちまった。どんなパーティーへ行っても、誰もまともに相手にしてくれない。女房のやつ、いつもニコニコ笑ってやがったけど、きっと寂しかったんだろう。この日は、俺が死んだ日以来、もっとも美しい女房の笑顔をみることができた。

この日を境に男と女房の二人の間がぐっと縮まった気がした。
女房と男は大学外でも会うようになった。レストランへ行ったり映画館に行ったり例のオカルト会にはふたり仲良く出席した。いつだって女房の右腕には俺がぶらさがったままだったが。
いやはや、何十年も連れ添った相手のことだ。どんな感情も手に取るようにわかる。
俺にはわかった。女房とこの男との間にただならぬ思いが芽生えていることを。惹かれあうふたりの様子を間近で眺め、やきもきもしたが、死人の俺にはでる幕がない。

例のオカルトパーティーの帰り道だった。
どしゃぶりの雨の中、男、女房、その右腕にぶら下がった骸骨の俺の三人は男の家を目指して走っていた。突然ふりだした雨のせいで傘を持たない俺たちはずぶ濡れだ。幸い男の家が近くなので、男は女房に男の家で休憩することを提案した。
男の家に到着する。閑静な住宅街の立派な一軒屋だ。玄関を入ると、二匹の猫が俺たちをむかえた。猫たちがずぶぬれ骸骨の俺の足を舐める。うへえ、勘弁してくれ。おれは猫が大の苦手なんだ。
「まあ、かわいらしい」
「オスのほうは、以前から飼ってたんですが、もう一匹のメスの方はつい先日同僚のところからもらってきたばかりなんですよ。男ひとりじゃ寂しいだろうと思って」
「まあ、優しいのね」
「ちょっとまってくださいね。いまタオルと着替えを用意しますから」
男が部屋を出ると、女房は俺を抱え上げ、俺にこんなことを言った。
「ねえ、あたし、どうもあの人のことが気になるの」
わかってるとも。おまえのことなど全部お見通しだ。
「ねえ、あたし、どうしたらいいのかしら」
おいおい、俺にきかれても困るぜ。
そのとき男が部屋に戻ってきた。女房にタオルと男の妻のものであったという洋服を渡す。
「廊下の奥にバスルームがあります。どうぞそこでこの服に着替えてください」
「ありがとう。でもちょっとまって主人を先に拭かなきゃ。かわいそうにこんなに濡れちゃって」
「はやくしないと風邪ひきますよ。旦那さんは私が拭いておきます」
「そう、じゃあお願いするわ」
女房はバスルームへと消え、男と俺だけが部屋に残った。
男は俺を熱心に拭いてくれた。頭蓋骨の目や鼻の窪みを、肋骨一本一本を、関節の拭きにくい部分をも。
すっかり全身を丁寧に拭かれて、おかげで俺はピカピカだ。通じないのわかっているが、言わずにはいられなかった。
ありがとよ。
すると男はにっこり笑って言った。
「どういたしまして」
こりゃ驚いた。あんた、俺の言うことがわかるのかい?
「ええ。はじめてお会いしたときから、あなたの声がきこえていました」
なんだ、そうだったのか。さすがオカルトの先生だ。
「あなたの早く成仏したいという声をきいて、あなたを彼女から解放するチャンスをいつもうかがっていたんです」
はあはあ。なあるほど、それで女房をよく連れ出してたんだな。
「ええ。はじめはそれが目的でした。でもいまは、その、たいへんいいにくいんですが、実は私、あなたの奥さんのことを…」
わかってる、わかってる。みなまでいうな。なあ、あんた、俺はあんたを気に入ったよ。
「ありがとうございます」
あいつのことはあんたにまかせてもいいと思ってる。なあ、一緒になってやってくれよ。
「はい。そのつもりです」
よおし、じゃあたのんだぜ。あいつを泣かすようなことがあったら、呪ってやるからな。
「ええ。約束します。きっと彼女を幸せにします」
そのときドアが開き、着替えを終えた女房が部屋に入ってきた。
「あら、あなたいま誰かと話してなかった」
「いいえ。独り言です」
「誰かを幸せにする、ってきこえたけど」
「ええ。言いました。幸せにしたい人がいるんです」
「あら。誰を幸せにするのかしら」
ちっ。野暮な質問しやがって。まったく鈍い女だ。
「あなたです。あなたを幸せにします。結婚してください」
女房の顔が紅潮するのがわかる。しばしの沈黙のときが流れる。女房は男の顔と椅子の上に置かれた骸骨の俺を交互に眺め見る。男が言う。
「ご主人はすでに故人です。いつまでも亡きご主人にしがみついていてはダメです」
まあ、文字通りしがみついてるのはこの俺なんだがな。
「これからは、私をたよりに生きてみませんか」
ひゅー。いいぞいいぞ。
この言葉がきいたのだろう。ようやく女房は、こくりとうなづいた。
振り返って俺をみる。あいつめ、がらにもなく泣いてやがる。まったくこんなときに涙なんかみせるんじゃねえよ。「ごめんね」女房は俺にむかってそう言う。おいおい、やめてくれよ。謝ることなんてひとつもありゃしねえ。やめろって、なあ、そんな顔で俺をみるなよ。やめれくれ。
女房が何かに気がついたような顔をして口を開く。
「ねえ、あなた、彼のことちゃんと拭いてくれたの?目の周りがまだ少し濡れてるみたいだけど」

翌日のよく晴れた午後ようやく俺は埋葬された。ついに俺は成仏したんだ。
あの世の暮らしは悪くなかった。たまに下界の二人の様子を眺めてみたりもしたが、ふたりの熱々ぶりはもうみちゃいられない。そのうちに馬鹿らしくなってやめた。やはりかつて愛した女だ。そんなあいつの第二の新婚生活をみるのはつらい。それに。大丈夫、あの男はいい男だ。観察する必要もないだろう。知らぬが仏ってのはこのことだ。
あと、実は俺にも新しい女ができて、俺は俺であの世でよろしくやってるってのもある。
「なあ、死ぬまでおまえを離さないよ」
「なにいってるのよ。わたしたちもうとっくに死んでるじゃない」

あの世でどれくらい過ごしたかわからない。ある日、俺は生まれ変わることになった。順番がきたんだ。前世と同じもの以外ならなんだって書いていいという希望願いには、第一希望に犬、第二希望にキジ、第三希望に猿と書いた。別に何も考えちゃいねえ。大嫌いな猫以外ならなんだっていいんだ。事務的な手続きを終えた後、俺はカルマの泉に飛び込んだ。泉の奥深くに光がみえた。その光を目指し、必死に泳ぐ。ついに光の元へ到着する。すると体は光につつまれ、かすかになつかしい下界の空気を感じる。母親の胎内、もしくは卵の中から出たんだ。目はまだ見えない。まわりに何ものかの気配を感じる。直感する。兄弟たちだ。ともに生まれた兄弟たちがいる。体中がふさふさとした毛で覆われていることに気づく。ふむ。こりゃきっと哺乳類だな。第一希望がかなって犬になったのかな。耳をすます。声が聞こえる。にゃーにゃーにゃーにゃー。ちっくしょう、よりによって大嫌いな猫に生れかわっちまったようだ。なんでい、俺の希望は通らなかったのか。がっかりだ。仕方なく他の兄弟たちにならって俺も鳴き声をあげてみる。にゃーにゃーにゃーにゃー。
にゃーにゃーの大合唱の中、ふと、頭上でなつかしいふたつの声が聞こえた気がした。
「まあ、5匹も生まれたわ。ねえ、この子たち全部きちんと育てましょうね」
「やあそりゃたいへんだな。一匹で十分だよ。他は誰かにひきとってもらおう」
「ねえ、お願いよ。だってあたし思うの。この子たちの中にきっと死んだ前の主人の生まれ変わりがいるって」
「ほう。どうしてそう思うんだい」
「あのね、彼いってたもの、生まれかわっても一緒になるんだって」

投稿者 hospital : 2004年05月18日 16:36