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2004年06月27日

山奥の機械の話

どこかの地方の山奥、森の奥深くにその村は存在している、と僕はきいたような気がする。誰にでもあるだろう、不確かだが記憶に残っている曖昧なもの、誰から聞かされたのか思い出せない知識。それはたとえば夢でみたことが無意識のうちに様々に色づけや肉付けをされて、不確かだったものが妙に真実味を帯びて心の中にわだかまる、そういった類のもの。それが始終心の片隅にこびりついて離れずに、気持ちを虜にしてしまうこと。


この話だって、そうだ。いつ、誰から聞いたかがまったくぼやけてしまって、例えば粘土でできたような、人間を模造した形をもつ(けれど、見た目だけではそれが「人間ではない」と断じる事はできない)非現実味を帯びた相手から、その話をある時不意に日常の異常な隙間の機会に聞かされたような気もするし、しかしとにかくその「話」だけはきちんと僕の心の中にわだかまっているのだ。

その村には直径がだいたい3メートルくらいで、高さが5メートルほどの円筒形の機械がある。村の中心に据えられていて、その機械は材料を内部に取り込むことによって、それらを混ぜ合わせて一つの物質をつくる。薄黄色をした粘土のような物質だが、時間を経るごとにその性状は硬化するらしい。硬化するとその物質は茶色に変色するという。その物質をなす材料と言うのは、その村で採れる美しい風と土と水の三つだそうだ。それらを投入口(地上から4メートルくらいのところに三つの穴が穿たれている)から取り入れ、中の仕組みでそれらが混練されるといった仕様だ。
取り出し口はその機械の最下部に引き出し様の排出口がある。製造されたその物質はそれを使う者によってまったく用途が異なるというのだから、興味深い。人によっては家の修繕にまるでモルタルのように使用する人もいれば、化粧品として(パックみたいなものだろうか)皮膚に直接塗布する女性もいるという。
ここまで自分で書いてきていうのもなんだが、これら情報は跡付けで無意識に僕が勝手に注ぎ足した情報なのかもしれない、そもそもこの話の根本からして実の無いことなのかもしれないのだから。けれど、確かにこういった機械やそれの周辺の知識が僕にはあるのだ。
話を戻す。それらの使用者は村に住む人々だということが分かっている。けれど、それの直接の製造者なり所有者がわかっていない。ぽつねんと村の中心に据えられていて、住民は必要な時にここへ集まってそれらを使う分だけ排出口から取り出すのだった。だから村の住人もいつからその機械がその場所にあったのかは経験の豊かな老齢者でさえも判然とした答を出す事はできない。そこにあるのが当然かのようにその機械は設置されてあるのだった。
その機械の大きさや形状は先ほど述べたとおりだが、材質となるとこれも少し不思議な部分がある。その機械の材質はそれ自身から製造される物質で作られているかのように、茶色をした感触がふわふわと、けれど決して脆弱ではない物質なのだった。村の住民が何十年もその存在を認知していることからも分かるとおり、相当な耐用年数をこの物質は有しているといえる。けれど、最初にその機械を作るためのこの物質は、果たしてどこで作られたものなのだろうか。誰にも答が出せないでいるそうだ。

清澄な風と土と水がなければ、こうした機械が能力を発揮することはない、ということだけが村の言い伝えとして残されている。粉塵を含んだ風と、汚染された水や土で製造したことがないのだから、その言い伝えが確かであることはいえないのだけれど、厳然として村人達には認知されているのだった。とても興味深いことだと思う。
村人達はその物質を様々な用途に利用し恩恵を授かっているのだから、決して村の環境を劣悪にしようとはしない(といったところで、進んで自分達から環境を汚染しようなどとは考えづらいが)。だから村にはいつも清澄な風がそよいでいるし、村人達が口にする水や、或いは生活の基礎となる土壌はいつも美しさをたたえていられる。その機械があったからなのか、それともそういった種類の人間が集まる村だからなのか、どちらが先とも言いづらいがそういったよい循環が環境の中に組み込まれている。

ある時村の変わり者の無口な少女が、その物質を自分の手でこねて人形を造った。少女には親兄弟がない。村のほかの住人からは同情からか優しく扱われているのだけれど、寂しさはどうにもならないのか自分で人形を拵えてしまったのだ。
どのくらい時間をかけたのかはよく分からないがそのパーツパーツは非常に精緻に人間を模倣していた。しかしながら全体でみるとなると途端にどこか不自然で不気味な雰囲気がぬぐいきれない「人の形をしたもの」なのだった。
その「物質」には様々な用途があるとかいた。人によってその人数だけの用途があるのだ。そして使用されたその物質はそれなりの効果を発揮する。少女は自分の寂しさを紛らす効果を期待してその人形をこしらえたのだろう。
少女は昼間大抵例の機械が据えられている村の中心にその人形とともに所在無げに座っている。村人達はそこを通りかかり少女をみかけると、その横に必ずその不気味なヒトガタの姿を見出すのだった。それを見た者は一瞬はっとして不気味な人間の存在を疑うのだが、それが少女の作った人形だと気づくとそそくさと少女の前から姿をけしてしまう。やはり不気味なのだろう。そして、少女はやがて孤立するようになった。
ある日その人形は突然村から姿を消したのだという。それを連れることのなくなった少女には傍目からは変化がみられなかったようだ。自分の「孤独」になにかしらの解決をつけたのか。相変わらず無口な少女の様子からはなにもうかがい知ることができなかった。

僕にこの話をしてくれた人(誰だったのか、どんな顔をしていたのか確実に思い出せない。今思えばこの話にでてくるヒトガタのような見た目だった気がする)は、人形が姿を消した理由についてなにかしらを言っていたように覚えている。それは少女の胸のうちの孤独が外の世界にむかって開放されるのと同じようにそのヒトガタも山奥深くの不思議な村から外の世界へ独りでに歩き出したといった内容だったと思う。そもそも全て奇妙な話なのだが、その時の言葉は妙に印象的にこびりついてしまっている。あの時の状況を確かに想い出そうとしても、僕は結局心のどこにもそれにつながる糸口を見出すことができないでいるのだ。

投稿者 hospital : 2004年06月27日 16:45