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2004年08月06日

残された人

高校に入って最初の美術の授業。

先生はおかしなことを言った。

「自分を、人形として描きなさい」

自分が持っている人形を家から持ってきて描けというならわかるけど
自分を人形として描くというのは少し不思議な気がした。

それでもアタシ達は気にせず描いた。
アタシ達はムダ口を叩きながらも、一生懸命思い付くままに描いた。
あの時、一番自分らしいと思う人形の絵を。


周りを見渡すと色んな絵があった。
幼なじみのサチコは上半身だけがウサギの人を描いた。
クラス委員のサトシは実は心を寄せているサチコの絵を描き、
みんなに冷やかされてその気になってしまい、その場で告白してフラれた。
お調子者のケンジはガンダムの絵を繊細に影までつけて描き、意外な一面を覗かせた。
ミツルは自分は人形ではないと、自分をそのまんま描いて、照れていた。
人によってそれぞれだった。
そして、みんな人の描いた絵を興味深く眺めていた。

一人の女生徒が死んだのはそれから3日後のことだった。
同じクラスのアケミだった。

アケミは何も衣服をつけない状態で手や頭や首や背中や足や足首に穴を開けられ
そこにビニールのヒモが通してある姿で発見された。

警察は殺人事件として調査を進め、すぐに美術の先生が容疑者に挙げられたが
決定的な証拠は見つからなかった。
先生はしばらくして学校を辞めた。


そんなある日。

アタシは昼休みにサチコと美術室へ行ってみた。

立ち入り禁止のテープの下をくぐると、美術室は薄暗く誰もいなかった。
しめっぽい油絵の具の匂いがした。

部屋には何も残っていなかった。
先生の使っていたものはほとんど警察に没収されていたのだ。
色んな引き出しを開けて、人形の絵を探したが見つからなかった。
がっかりして机の上に腰かけたその時

教室の後ろの壁一面にその絵はびっしりと張ってあった。

クラス30人分の絵がキレイに並べて張ってあるのだ。
どうしてこんなに違うのかと思うくらい
30枚すべてが異なる絵だった。

殺された女生徒の描いた絵を探したが見つからなかった。


あれから10年。

アタシは久しぶりにサチコと会い、10年前と同じようにとりとめのない話をした。
二人で授業をサボってマツキヨへ行き
『オタマジャクシとウーパールーパーの声真似をしている時に実家から電話がかかってきたサンコンさんの真似をしてください』と言って店員を困らせた時の話や
学校で飼っていた兎の両耳をハリガネでつないで『電気兎』と名付けてかわいがっていたことなど
楽しかったこと、思い出すことをアタシ達は順序もなく話した。

「アケミってどんな絵を描いたのかな」

突然、サチコはそう言った。

アタシはすぐに返事ができなかった。
なんのことかはよくわかっていたのに、アタシはとぼけた。

「アケミって?」
「ほら、殺された子いたじゃない」
「ああ」
「あれって、絵のせいでしょ?なにかそういう絵を描いたんでしょ?」
「そうなんだ」
「そうよ。それで、あの変態の美術の先生がその気になっちゃったんでしょ?ちがうの?捕まってないみたいだけど」
「そうだっけ」
「なによ。全然覚えてないのね」
「ごめん。最近、物忘れがひどいのよ」
「まったく。変わらないわね。あなたは」

アタシは笑ってその場をごまかした。


家に帰ってアタシは一人、部屋の壁にかかっている絵をじっと見つめた。

それは、一人の大きな女が小さな操り人形を操っている絵だった。
夜の暗い路地にその女は立っている。
全体的に暗い色で描かれたその絵。

それは高校生の時のアタシが書いた絵だ。


時々思う。

なぜあの時、アタシが殺されなかったのかと。

なぜ、アケミが『残されなかったのか』と。


玄関のチャイムが鳴った。

玄関には今日も男が立っていた。
10年前まで、高校で美術の教師をしていた男。
10年前、教え子の女生徒を殺した男。

男は今日もいつもと同じように言った。


さあ、始めようか。

投稿者 hospital : 2004年08月06日 19:01