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2004年08月08日

世界の終りが終わったら

もうすぐ世界が終わる。

俺と裕子は山のてっぺんにいた。
岩場の上に並んで腰掛けていた。
手をつないで。

木々の向こうに俺たちが暮らす街がみえた。
右手に俺たちが住む団地がみえた。
左手に俺たちが通う高校がみえた。

よく晴れた日。
青としかいえない青い空。
もこもこ美味そうな綿菓子みたいな雲が点在する。
木々と土の匂いをのせて静かに風が吹く。
その度に、裕子の髪がゆれ、俺の頬にあたる。

世界の終り、まーだかな。

頭上の太陽に目を細め、
手で庇をつくって裕子がいう。

ハクション。
俺は大きなくしゃみをする。

そんな格好してるからよ。
裕子がいう。

左腕に腕時計だけをした姿で俺はいる。
着ていた物はさっき捨てた。
靴もパンツも全部捨てた。
世界が終わるのに何かを残す必要なんてない。

今日という日が来る前になにもかも捨てた。
サリンジャーの小説も。フリッパーズギターのCDも。
フランス製のスタンスミスも。セントジェイムスのボーダーシャツも。
バスケの地区大会で優勝したときの賞状も捨てたし、
代ゼミの全国模試で名前が載ったときの順位表も捨てた。

これ、着なよ。
裕子が鞄からカーデガンを出して俺の肩にかける。
女物のカーデガンは俺には窮屈すぎて、うまく着ることができない。
そんな俺の姿を裕子が微笑みながらみている。

あのね、学校の近くに美味しいお好み焼き屋さんができたの。
ほんとに美味しいの。トッピングがね、いろいろ選べるの。
あたし、いつもイカとチーズいれるの。
焼きそばも美味しいって、アッコが言ってた。
マアちゃん、焼きそば好きだよね。行かなきゃね。

三年生になってから一度も学校に行っていない。
世界の終りを知ってから、何をする気にもなれず、俺はいつも家にいた。

ねえ、世界、どんなふうに終わるの?
俺の顔を覗き込んで裕子がいう。

俺は首をふる。

なーんだ、マアちゃんしらないんだ。

ねえ、世界の終りが終わったら、どうするの?
裕子がいう。

わからない。
と、俺は答える。

ねえ、世界の終りが終わったら、学校もどっておいでよ。

俺は頷く。

マアちゃん、約束だよ。

俺はもう一度頷く。

腕時計をみる。
時間を確認して俺は腕時計をはずす。
木の茂みに向かって放り投げる。

きゃっ。
裕子が小さな悲鳴をあげる。
あの腕時計、あたしが買ってあげたやつじゃない。ひどい。
裕子が怒る。

ごめんな。でももう必要ないんだ。
あともうすこしで世界が終わる。

俺は裕子の肩を抱こうとする。
その俺の手をふりはらって裕子が叫ぶ。
あたし、帰る。

だめだ。
一緒にいてくれ。
一緒に世界の終りを迎えよう。

いやよ。
マアちゃん、あたしがあげた腕時計捨てちゃったもん。

俺は裕子の腕を掴む。

やだ、マアちゃん、はなしてよ。はなしてよ!
もう大嫌い。

そう言われて俺は裕子の腕をはなす。
裕子が泣きながらいう。

もう、マアちゃん、おかしいよ。
世界が終わるなんていってるの、マアちゃんだけだかんね。
青木先生も、マアちゃんは逃げてるだけだっていってたもん。
マアちゃん、嫌なことから逃げてるだけだよ。
世界が終わるわけないよ。
こんな天気のいい日に世界が終わるわけないよ。

そのまま俺たちは口をきかず、晴れ渡る空を眺める。
太陽がさっきよりいくらか度合いを増して照り輝く。
カーデガンの脇が汗で濡れている。

こんな天気のいい日に世界が終わるわけない、か。

裕子が口を開く。

ねえ、マアちゃん、学校のみんながマアちゃんのことなんて言ってるか知ってる?
みんなね、マアちゃん、本の読みすぎで頭がおかしくなったんだって言ってるのよ。

そうか。

別にかまいやしない。
誰になんと言われようと。どうせ世界は終わるんだ。

あたしね、マアちゃんのこと悪く言われるとすごく悲しいの。


・・・ごめん。


その度にあたし、泣いちゃうの。


・・・本当にごめん。


ピッピッピッピッピッ………
茂みの中から電子音が聞こえる。

あ、腕時計。

裕子が岩場を降り、茂みの中からさっき放り投げた腕時計をみつけて摘みあげる。

ねえ、これ、なんで鳴ってるの?
もしかして、世界の終りがきたってこと?

そうだ。
世界の終りを知った日に俺がセットしておいた。

一瞬、真顔になった後、裕子は笑いだす。

ふふふふふ。あはははは。
ねえ、世界、終わってないよ。
ほら、みてよ、マアちゃん。
裕子が下界を指差す。

街はいつもと変わらぬ様子でそこにある。

もう、やっぱり世界の終りなんかこないじゃない。
マアちゃんのバカ!ウソツキ!

言葉とは裏腹に、ゆう裕子の声は嬉しそうだ。

ねえ、明日、朝、むかえに行くからね。

どこへ行くの?

学校!
世界の終りが終わったら、学校行くってマアちゃん約束したでしょ!

あした、土曜日だよ。

あ、そっか。あした、土曜日だ。そうだ。
あたし、馬鹿だな。そうだね、明日、土曜日だね。
じゃあ月曜日。ねえ、月曜日からちゃんと学校行くよね。

うん。

太陽を背に、裕子が俺をみてる。
その表情は眩しすぎる太陽のせいでよくみえない。

ねえ、マアちゃん、帰ろ。
ここ暑いよ。

裕子が俺の腕をとる。

その手を逆にひっぱって、俺は裕子を抱き寄せる。

暑いよ、マアちゃん。
もー、汗臭いし。べたべたするよ。

そう言われても、俺はきつく裕子を抱き締める。

ねえ、あした、お好み焼き屋行こうよ。
俺がそういうと、胸の中で、裕子がこくりと頷く。


目を瞑る。
鳥たちの鳴き声をきく。
素肌に裕子の吐息を感じる。

大きく息を吸い込む。
温かい濃厚な空気と一緒に、裕子の汗の匂いが鼻腔をつく。

片目を開ける。
眼下に街があるのを確認する。

両目を開けて、空を眺める。
さっきより数倍に肥大した太陽が、俺たちをみてる。

ねえ、マアちゃん。

うん。

約束だよ。

うん。

絶対だよ。

うん。

投稿者 hospital : 2004年08月08日 15:41