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2004年08月25日

思い出の味

その人をみかけたのはたいそうひょんなことからで、その人との経験は全体を通して「ひょん」としかいいようがない。真夏の太陽が照りつける人気の無い堤防沿いの田舎道で、僕は川向こうの駅へ向かおうとしていた。

いく途中の道端でうずくまっている男がいた。黄色い麻のズボンをはいてこんな陽気だというのに長袖の厚手の白いシャツを着ている。向こう側をむいて蹲っていたので、なにをしているのか最初は分からなかったが、みると彼は口からベロをだしてアスファルト舗装のされた道路をなめていたのだった。はじめはこちらに気づく様子もなく、当たり前のように彼は道路をなめていて、それをみてうろたえてしまった僕の気配に気づくと、こちらをみて照れ笑いを浮かべながら「どうも」といった。僕もついつい「どうも」と返した。
立ち上がりズボンと袖についたほこりを払うと、その男は「いや、最近の道路はいまいちでね」と弁解するようにいった。以前の道路の味を求めることは難しいことで、最近ではこのあたり一体でしかあの頃の味は味わえないという。そんなものかと納得してその男の話をきいて、それなりの相槌をうった。
「まあ、大抵はこの辺でなめているから」
彼は口元のよだれをぬぐい、僕になんのてらいも無い微笑をむける。なんとなく好意をもたれたような気がして、僕は悪い気はせず「それじゃ、また」とそこで別れた。

僕は大抵外出するのにあの道を通る。電車に揺られ窓外の変わり映えの無い景色を眺めながら一体あの男はあそこで何をしていたのかについて考えた。
彼は道路を舐めていた。舐めたことがないので想像でしかいえないがきっと砂を噛んだときのような乾いた味がするのだろう。太陽が照り付けているので表面は相当な高温であるにちがいない。ひりひりと焼けるようなアスファルト舗装の表面をなめることは決して美味しいと感じられるものではなかろう。男は六十に届こうかというくらいの年のころで、長身で細身のひょろりとした体型をしていた。あの奇行を除けば見た目にはまったく普通の壮年である。
車中を見渡してみるとあの男と同年代くらいの壮年が何人か電車の振動になすすべも無く揺られている。その何人かは彼の行動を同年代の共通の経験として理解できるというのだろうか。いよいよ先ほどのことがとても不可思議に思えてくる。

何日か経ったある日のこと、やはりその男は同じ場所で道路を舐めていた。その時の僕は特段の用も無く、あてどもなくその場所を歩いていたのだった。時間の余裕から今度は僕のほうから挨拶をした。こちらに気づくと「やあ、またお会いしましたね」と若年の僕に丁寧なことばで応じる。
彼に促されて僕は堤防を川の方へと降りていった。そこで肩を並べて座った。
「僕らの世代にしか分からないことだと思うけどね」という前置きをしてポケットからこぶし大のコンクリートの破片を取り出した。
どこかの解体作業現場から持ち出したものだろうか。乾いて白く泥のついているその断片はとても口にすることが憚られるが彼はそれをまるでキャンディーのように舐め始めた。僕は黙って彼が話しだすのを待っていた。
彼の言うところでは、味というものは何かを食べるときだけに付帯して得られる感覚ではない。つまり彼にとって「味」というものは「食事」と直結するものではなく、彼は純然たる味という存在に憧れているという。
彼の育った時代はとても貧しくて、なかなか食物にありつくことができずいつも餓えていた。空腹を紛らすために道端の石ころやガラス、あるいは鉄筋などを拾って舐めていたらしい。それは彼だけが特殊だったのではなく身の回りには何人か、同様の手段で飢えを誤魔化していた同年代がいたそうだ。
打ち捨てられている土管や朽ちた鉄柵、廃屋の門扉。道を歩いていると目に付く自分の興味をそそる人工の物体までも、彼らはのべつまくなしに舐めた。いくら舐めてもそれらが目減りすることもなく、それぞれの違った「味」はいつでも彼らを待ち受けてくれていた。少年たちは自分だけのルート(順番)のようなものを各々必ずといっていいほど持っていて、歩きながら味を楽しんでいたという。廃棄された、その頃では珍しかった自動車のたぐいをも我先にと争って舐めた。
「うわ、まずいや」
先ほどの破片を川へ放り込み、男は悲しそうな顔をした。やっぱりあの頃の味はもう求むべくも無い。
僕は自分が錆びた鉄柵を舐めているところを空想しながら、その男のやや老いが目立つ表情を見つめた。彼はその住む家に据えられている家具の類の味すらも、舐めては昔と違うことをいちいち確認しているのだろうか。そんな彼をみて家族の者たちはそれを奇異だとは思わないのだろうか。様々に浮かんでは消える空想を楽しんでいるとなんとなくその男の行動原理が理解できるようだった。なかなか味わいのある空想だった。
その男と別れて僕はまたあてども無く歩き始めた。未だ勢いの衰えない午後の太陽の、照らしつける道々の景色が以前とは少し違って見えた。「今では昔のことを忘れたかのように、僕と同世代たちは暮らしてて」。別れ際に寂しそうにして呟いた。そんな寂しささえも彼は口の中で舐め繰り回して楽しんでいるようにみえた。
振り返ってさきほど別れた男のほうをみやると、遠く道端に打ち据えられているプラスチック製の花壇の味を、しゃがみこんで確認しているようだった。その後姿はとても壮年の威厳からはかけ離れていて、なんだかとても情けなく感じられた。僕はそこで蹲ってえいと道路を舐めてみたが、想像したとおりの味以外にはなんの感覚も伴わずに口の中がいやに乾いた。ベロを犬のように出して照りつける太陽を受けてみた。唾液の乏しい舌べらは妙なにおいをたててますます乾燥していくのだった。

投稿者 hospital : 2004年08月25日 07:59