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2004年08月03日

フリーダム

要するにもう脱皮することに決めたのだ。

サチコは必死にそんなオレを止めようとするがこれはしょうがないことなのだ。
このままの状態で生活していくことが考えられなくなってしまったのだから。

「今のままでいいよ。今のままのアナタが好きだよ」

サチコはそう言う。ちがうんだ。サチコ。

お前に好かれようが嫌われようが知ったこっちゃないんだ。
お前のことは愛しているよ。それは本当さ。

これはそんなこととは関係のないことなんだ。


オレは『脱皮』するんだ。


脱皮というと『皮を脱ぐ』というイメージがあるが実際はそうではない。

悪い部分を取り除くと言ったほうが正確だと思う。

この脱皮に関しては賛否両論ある。
むしろ、否定ばかりである。

親にもらった体にそんなことをするなんて。


そもそも、この『脱皮』を初めて試みたのはマライアキャリーだった。
脱皮前から彼女は「左からしか写真を撮らせない女」として有名だった。
右半分の自分の顔が嫌いなのだそうだ。

それなら右半分とってしまえばいいじゃないか。

彼女はそう思い、実際そうした。
顔が半分になり、切り取った顔の断面には特殊なアクリル板がはられた。
医学的にも問題ないらしい。
そうは言っても脳みその断面がアクリル板の向こうに生々しく見えるその姿は
とても問題がないようには見えなかった。

当然、様々な非難が飛び交った。


そんな中

「価値観の変換期だ」

など、『脱皮』に対して肯定的な意見も音楽シーンを中心に聞かれるようになった。


嫌なら捨てちまえ。


アメリカのティーンネイジャーの間で『脱皮』という考え方が広まり始めたのはそれからまもなくのことだった。
自分の耳の形が気に入らない、手の形が気に入らない、太い下半身が気に入らない。
そんな思いを彼らは実際に行動に移した。

顔や手のない子供達が胸を張って街を歩くようになり、大きな社会問題になった。


『嫌な部分を受け入れてこそ人生じゃないか』

という意見が多く聞かれたが『脱皮者』たちは闘った。


オレ達が切り取るのは顔や足じゃない。
お前らが信じるそのイカれた伝統を切り取るんだ。


しばらくすると世界の名高い高級ブランド達がこぞって
『脱皮』後の断面に張られるアクリル板に目をつけた。
ダイアモンドや花の燻製がちりばめられたもの、メタリックに光るものなど
様々なアクリル板が発売された。

この流れを受けて『脱皮』は海を越えイギリスや日本などにも広まった。

日本では一部の女子高生を中心に『脱皮』は広まった。

しばらくすると『脱皮』で切り取った下半身や顔を
上司のデスクに叩きつけ会社をやめるというサラリーマンも現れ大きな話題となった。


マライアキャリーの『脱皮』がCGだったのではないかという疑いが浮上したのもその頃だった。

落ちぶれた人気を取り戻すための策略だったのではないかというのだ。
脱皮者たちは皆、「バカバカしい」とそんな噂を鼻で笑った。(もちろん既に鼻のない者も多かった)


しばらくして、マライアはテレビ画面に完全な顔を向け

「切り取るなんてあり得ない」

と言い放った。


この瞬間、『脱皮』は時代遅れとなり、多くの『脱皮者』達は向け所のない怒りを露にした。

オシャレだった脱皮後の『断面』はただの身体障害となった。

ダサいよ!やめてよ!


そんな時、オレが「脱皮する」などと言い出したのだから、サチコが反論するのも無理はない。


何よ!何が気に入らないのよ!


オレは今から価値観の向こう側へ行くんだ。

本当の自由を手に入れるんだ。

泣いて止めるサチコを尻目に


オレは脱皮した。

切り取られたペニスがバスタブの排水口に流れ込んで

カポカポと音を立てた。

投稿者 hospital : 2004年08月03日 22:36