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2004年09月03日

8人の女たち(栗原恵)

なんであんなこと言ったんだ
青臭い
親父だったらあんなこと言わなかった
失敗だ
馬鹿だ オレは
もう大丈夫だと思ってたのに
またやっちまった
元に戻っちまった

中井貴一は夜の首都高速を走っていた。

20年前に死んだ父親のことを考えながら。
中井貴一の父、佐田啓二は37歳で交通事故のためこの世を去った。
貴一が17歳の時だ。
佐田啓二は貴一と同じ俳優だった。
そして、その知名度、実力共に貴一以上だった。

「オレも、37歳で死ぬって信じてたんです」

貴一は、その日、収録のあったトーク番組でそんなことを話した。
爆笑問題が司会の真面目なトーク番組だった。
番組終了後、貴一は首都高を走りながら考えた。
後悔していた。
確かに、貴一は『自分も父親と同じ37歳で死ぬ』と漠然とこれまで信じてきたが
あんなに熱心に、カメラの前で語る必要はなかった。


なんであんなこと言ったんだ
親父だったらあんなこと言わなかった
またやっちまった
元に戻っちまった

貴一はハンドルを握り締めてアクセルを強く踏み込んだ。

親父はいつも冷めた目をしていた
そして、情熱的だった
突き放すように笑った
たまに子供みたいに笑った
親父は大きかった
無口だった
親父はみんなを安心させた

それに比べて俺は
あんなことを言って
かっこつけて
馬鹿だ
あいかわらず
目立ちたがって
何も変ってないじゃないか

メグ

またやっちまったよ
バカだよ オレ
なあメグ
怖いよ
怖くて
たまらないよ


貴一は20年前のことを思い出した。
それは貴一が17歳の時のことだ。

「髪型、キモイ。」

学校帰りの駅のホームでそんな言葉を聞いたような気がした。
降り返ると、一人の少女が立っている。

「今なんて言ったんだ」

少女は表情を変えずに言った。

「あなた。嘘ついてる」

貴一はこの一言にひどく傷ついた。
心のうちを見透かされているような気がした。
そして苦悩は始まった。

怖い
誰も信じられない
格好だけじゃダメだ
それじゃ親父のようになれない
どうしよう 親父 
怖い
ダメだ

哀れだオレは
怖い
こわい
こわい
こわい



メグとの出会いは突然だった。


「プリンセス」

ラベンダーの香りがした。

「もっとプリンセス」

かすかだが、確かに聞こえる。
抱きかかえていた枕の縫い目がモソモソと動いていた。
指で縫い目を広げてみると

そこから女の子が出てきた。

親指くらいの大きさだった。
虫メガネで覗いてみると、あどけない笑顔で、貴一を見つめていた。

「プリンセス」

かわいい
何者だ
天使
ちがう
悪魔
ちがう

「プリンセスめぐ」

女の子はそう言った。

これが貴一とメグの最初の出会いだった。
それからメグと貴一はずっと一緒だった。
貴一の生活は変わった。
貴一はメグになんでも話した。

メグ 聞いてよ
今日ドラマの撮影があったよ
「ふぞろいの林檎たち」って題名なんだ
いやなんだオレ そんな題名
なんだよ リンゴって
ふざけてるよ
大嫌いだ ドラマなんて
メグのほっぺ リンゴみたいだ
メグ

メグはいつも貴一が仕事から帰ってくるのを部屋で待っていた。
そして、貴一の話を楽しそうに聞いた。

メグ 聞いて
怖いんだ
不安なんだ
佐藤浩市ってのが出てきたんだよ
三國連太郎の息子
オレも 佐田啓二の息子だし
きっと比べられる
負けそうだよ
メグ

怖いよ
だってアイツ クールなんだ
わかるんだオレ
アイツ オレみたいに 嘘っぱちのクールじゃない
にじみ出てるんだ

クールがにじみ出てる

髪の毛だって
すごいボリュームで
前髪が分かれて 亀裂が入ってる
火山みたいだ
大迫力だ
唇も すごく厚くて
セクシー
怖いよ メグ
メグ

この時、メグの身長は180cmを超えていたが、あどけない笑顔はそのままだった。

そんな貴一とメグの生活は20年続いた。
貴一は37歳になり、結婚した。
父親と同じようにやさしく男らしい夫になった。
少しずつ、父親の影が薄れていった。
そして、少しずつメグのことも忘れていった。

そんな時期だった。
貴一が、慣れないトーク番組に出演したのは。

「オレも、37歳で死ぬと思ってたんです」

つい熱が入りすぎ、話し過ぎてしまった。
貴一は混乱した。

調子に乗って
俺は
何を言ってるんだ
格好つけて
17歳の時と
何も変ってないのか
怖い
メグに言わなくちゃ
聞いてもらおう
メグに慰めてもらわなくちゃ

貴一は自分の部屋に帰り、メグを探した。
でも、もうメグはいなかった。
そして、机の上に書置きがあった。

― more プリンセス

居間のテレビからアナウンサーの声が聞こえた。

「プリンセスメグ20歳。オリンピックでも多いに活躍が期待できそうです」

貴一はテレビ画面を見つめた。
メグが映っていた。

メグ
メグだ
どうして
なんでバレーボールなんて
メグ

「メグーーーー!!決まりましたーーーー!!プリンセスメグ強烈なバックアタックーーーー!!」

メグ
なんだよそれ
バックアタックって
そんなの
聞いてないよ
そんな後ろから
飛ばないで
お願い
笑って
メグ
どうして
ひどいよ

メグは汗をかいていた。
生き生きとコートの中をかけまわっていた。
メグは仲間達に囲まれていた。
もうメグは、貴一の知っているメグではなかった。

なんだよお前ら
メグに何するんだよ
メグに変なこと教えないでくれよ

貴一はテレビの前から動けなかった。
妻が話しかけても、貴一には聞こえなかった。

メグ
楽しそう
俺の前では あんな顔しなかった
楽しそうだ
メグ
幸せそう
メグ
すごく
幸せそうだ

貴一は画面の向こうのメグを見つめていた。
メグは画面の向こうから、貴一に微笑んだ。
少なくとも、貴一にはそう思えた。
それだけで充分だった。
貴一はベランダに出た。
そして、大きな声で歌い始めた。


『メグはラベンダー』

メグはとびきり ラベンダー
あの日 あの時 ラベンダー
ドタキャン覚悟さ ラベンダー
にっちもさっちも ラベンダー

メグよ 永遠なれ
メグよ 永遠なれ

それはあすなろ ラベンダー
あすなろ白書さ ラベンダー
とびきり上等 ラベンダー
いつも一緒さ ラベンダー

メグよ 永遠なれ
メグよ 永遠なれ

ちょっとそこまで ラベンダー
駅前集合 ラベンダー
錦を飾るぜ ラベンダー
あの日 あの時 ラベンダー
メグはとびきり ラベンダー
そして いつかは ラベンダー
いつも一緒さ ラベンダー
いつも一緒さ ラベンダー

メグよ 永遠なれ
メグよ 永遠なれ

メグ ありがと
メグ ありがと

(作詞作曲: 中井貴一ブルースエクスプロージョン)


貴一は、その歌を
天国にいる父親と、テレビの向こうにいるメグと
そして、17歳の時の自分に向かって歌った。

「かっこいいな。メグ」

貴一は、少し前から愛用していた黒ブチメガネをベランダから投げ捨てた。
そして、20年間変えなかった七三分けの髪型を右手でクシャクシャにくずした。

メグ ありがとう。

夜空がキレイだった。
まるでメグみたいに健やかでかわいらしい夜空だった。

投稿者 hospital : 2004年09月03日 22:32