« 泪ぶくろの恋 | メイン | 埃の街 »

2004年11月17日

彼らの箱

数年が経過して結果を出すには、それなりの養分を与えなくてはならない。土壌はむろん肥沃であることに越した事はない。育てかたの問題である。

その形はひし形で色はオレンジ色(人によって形状がまったく違うこともある)。箱をせっせと育てている。大切なものだから、彼らはみなこっそり家に隠して育てている。

特に個人的なことなので、みな話題にしないけれど、それぞれにとってその箱は何よりも大切なものといってもよい。

外で、または家の中で嫌なことがあったとしても、箱の前ではその感情をあらわにしない。そんな自分の精神状態を悟られるのがいやだからだ。
箱がつぶさに自分の状態を観察しているようで、ある程度の緊張感を持ってみなそれの前で暮らす。あまり自分の不機嫌ばかりを見せると、その箱の成長にとって悪影響を及ぼしかねないことが分かっているからだ。それが完全な形をとった時に、ありありとそれまでの感情の結果を自分に見せつけてくるのだから。
だから、箱の前で恐る恐る暮らして行くほかはない。そして、やはり、それを投げ出そうとは思わない。

箱が結果を出す時はその持ち主にとっては至福のときだろう。
反面、怖さもある。特別に個人的なものだから、結果を出す時にはそれがどういった形で現れるのかは、それぞれ持ち主にしかわからない。

だから、他人にとっての箱の結果が自分のと同じと言う事は言えないし、自分にとっての結果が果たして他人にとって「結果」と見えるのかさえ、分からない。

目に見えない形で、感情に訴えてくる無形の幸福や不幸を持ち主にもたらす事も考えられるかもしれない。


ある少女は、物心ついた時既にごく自然にその箱を与えられていた。
成長する過程で様々に喜んだり傷ついたりするのを、そんな感情の起伏に、凛とした緊張感を持って、少女に対するその箱の「観察」が彩りを与える。
当然少女はいつも心の片隅に(或いは中心に)そのオレンジ色した箱の存在を置いている。冒頭に述べたように気軽にその箱について他人と意見を交わしたりなどは当然できないものとして、考えている。

結果は意外に早く来た。それは、彼女にとっての結果なだけであって、傍目には成長の途中なのかもしれないが、本人にとって結果であれば、それは紛れも無い結果だ。
オレンジのひし形の中央部分がある朝ばっくりと裂けていて、その中からとろとろ粘着質の生暖かい血のようなものが出ていた。それに気づいた少女は血のような液体が溢れ出ししぼみ始めている箱の隅を指先でつまむとそれ以上そこに流れ出してしまわないように慌てて流し台へ持っていった。
流しにそれを置くと、安心したようにほっと息をつく。そのままどろどろと流出するのを、それが自分の結果だったとして受け止めなければならない。洗面器を不気味な液体が満たし、程なくそれらが吸い込まれて、結果が終わる。

少女だけでなく、その存在を気にしながら、彼らは結果が出るまで生きる。結果が出てしまえば、彼らは全てから解放されるかと言うと、勿論そうではなく、今度は結果を背負いながら生きていくしかない。


時間がたつと、液体で満たされていた箱だったものが乾燥してうすっぺらい皮革のようになる。当然そんな皮革が何かの用を成すわけもなく、ひたすら少女にとっての結果として、心の中にでんと存在しはじめる。
以前は箱の成長に伴う「観察」に脅えながら、緊張感に苛まれつつも暮らしていたのが、今度は出てしまった「結果」に付きまとわれながら暮らすだけの話だ。何かにとらわれながら暮らすことに関してはなんら変化はないのだけれど、苦の質に関してはまったく違う。

その日を境に微妙な変化が心中に起こる。
人によって結果が違うように、その変化だってまちまちだ。その少女の場合はその日以来、価値観がガラリと変わってしまった。

今まで美しいと思っていたものがとたんに醜く見えるようになれば、これまで何の気なしにほうっていた瑣末なものが突然生々しい存在感をまとって彼女の前に現れたりなど、価値観が変われば当然暮らしの質も激変した。
部屋においてある、薄っぺらな以前箱だったものがいつも心中に付きまとっていることが、なにか影響をしているのかもしれない。外出して用を足しているどの瞬間にも気持ちの奥深くでその箱だったものがなんらかの作用をなしているのだ。
当然、誰もがその出てしまった結果に対してこだわる(気にする)ようになるだろう。気を晴らすために外にいるのに、部屋の中のあの存在に始終付きまとわれているのは本人にとって気持ちのよいものではない。


少女の場合、皮革のようになってしまった結果を、鋏で切り刻み加工して手提げにしてしまった。
その中に身の回りのものをおさめて持ち歩くようになった。もともと手先の器用なほうだから周りの評判もよく、部屋にあってもどうせ気になるのだったら、いつも自分の片隅においてしまおうという発想だったのが、始めのうちはそれのせいで気持ちが不自然だったのにそのうちに慣れてしまって殆ど気に留めることもなくなるほどになってしまった。
本人にとっては意外な現象だが、傍目からはある日突然彼女が持ち歩き始めた手提げに必要以上に注意を払うものではないし、通り一遍の反応を見せた以外は、特にそのことについて触れる者も無い。最初の馴染まない時期が過ぎると、その結果だったものはいつしか習慣になってしまう。

あれだけ自分の気を引いていた、あれほど集中してその成長がもたらす結果に関心していたのに拘わらず、普段から自分に接着するようになってしまうとそれに対する気持ちはどんどん希釈されるようになる。
ある日時計を置き忘れてしまうかのごとく、少女は手提げをどこかに置き忘れてしまった。どこかの店のテーブルか椅子の上に何の気なしに置かれたのを、そのまま気持ちをどこかへやってしまって、とうとう家に帰って来てしまったのだろう。
始めは焦って心当たりを数件あたってみるものの、それを探し出すための努力と結果を天秤にかけてみると、苦労してみつけたからといって一体何がどうかわるのかと当たり前のことを考え始めてしまって、その努力を放棄してしまう。
手提げは結局忘れ去られてしまうものだし、誰かの落としていった手提げというだけのことで他人がそれをみてもなんらの感慨もおこさずに、それはついには抹消されてしまう。

つきものが取れたように、彼女は暮らして行く。

目にうつる全てのものが得体の知れない重力から解放されたかのように、彼女の目にはうつるようになる。

これまで自分が抱えていたものは、当然口には出さないけれど他者にも共通認識されていた苦労だったはずなのに、他人の顔色をみたところでその気配すら窺がえない。その様子をみて、彼女はまったくの勘違いをずっとしつづけていたのではないかと訝しく思う。世界は何事もなかったかのように回転しているのだ。

ある日洗面台の表面になお残っている、あの箱の中に入っていた血のような液体の跡、その存在に気づくと急に心の底の方で澱のように堆積しているなにかを思い出す。
あの時には自分にとってなによりも大切だったはずのものが、今や大した重みも主張していないこの状況が彼女をふいに可笑しくさせてしまう。そんな時に、あの箱が生み出した目に見えないもう一つの結果というものを認識するのだが、その時にはいつになんどき結果というものが不意に自分を襲ってくるのか想像できなくなってしまう。

部屋に戻るとふいに気づくのかもしれない。

ある日帰ってみると家に突然見慣れない物体が置いてあって、それが自分にとってまったく新しい環境を作り出すのかもしれない。
それに意識を集中して暮らしていけば、それが自分にとって某かの意味を規定しはじめるのかもしれないし、他者にとってはなんらの意味も成さないありふれた物体が自分にとって重要なものに変容するというのは、何気ない暮らしの中で取捨選択され、捨てられてしまった一方の何かがひょんな風に作用をはじめて、重要さを規定しているのかもしれない。

暮らしの中でふいに見慣れない物体が眼前に現れて、それが自分に対してそれからの人生の中で大いに作用するといったことだって考えられる。
物心のつく以前から自然に与えられてあったあの箱だって、何かが作用して箱という形をとり彼女に認識されていたのかもしれないし、自分しか知らないその存在を他人に伝えようにも、伝える術もなく、ただただ抱き続けて暮らすしかない代物でしかない。
だから孤独を感じるのだけど、それも変容して手提げになって忘れ去られてしまうくらいだから、結局大したことでもないのだし、その不思議さは一層倍するのだった。

こっそり彼らが部屋の中に隠している育てているものを、みなで持ち寄って話し合う場というものができるんじゃないだろうかと、少女は空想に余念が無い。

投稿者 hospital : 2004年11月17日 02:09