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2004年12月06日

最後のディスクレビュー19

風呂場の排水溝を覗き込んで、「元気ですかぁ」と呼びかけたくなる今日この頃。

「元気ですよぉ」と言いながら、
小さな小さなサラリーマンが額の汗をぬぐいながら
排水溝から一生懸命よじ登ってきてくれたら嬉しい。

ケンジはベランダで季節はずれのラジオ体操をしている。
ラジオ体操の音頭に合わせて、
「はっ」とか「よっ」とか合いの手を入れながら、手や腰を振り回すケンジ。

ラジオ体操を終えると
今度は、自分のビール腹に「あちょっ」とか「アタッチョウ!」とか言いながら
指を突き刺し始めた。

「北斗神拳、なかなかいいぞ」

ケンジはアタシを見るわけでもなくそんなことを言った。

アタシはケンジの仕事の都合でずいぶん遠くまで引っ越してきた。

当分、新しい音楽は聴けそうにない。

まあいいわ。

そろそろディスクレビューに入るわね。


まず最初はキャットパワーの『フリー』

小さい頃、「猫と犬どっちが好き?」という質問に対して
その質問をした相手にアキレス腱固めを決めながら

キリン。

と答えるような人になりたかった。
あの頃のアタシはよくわからなかった。
自分のことも、自分の周りで起こっていることも。


お次はジュリー・ドイロンの『グッドナイト・ノーバディ』

話変わるけど、

ドリアン助川って
いったいどういう人だったんだろう。

最後はタラ・ジェーン・オニールの『ユーサウンド・リフレクト』

涼しい眼をして遠くを見つめる女性か男の子かわからない、
そんな人の顔がジャケットに大きく映されている。
何かを見透かすような目ってきっとこういう目のことを言うんだと思う。

アタシはなるべくそういう『見透かす目』をしながら
ケンジを見た。

ケンジにアタシの本当の気持ちをわかって欲しかった。
アタシ自身、自分が何を考えてるんだか、はっきりしてなかったけど、
ケンジに深読みして欲しかった。

「ジロジロ見てんじゃねえよ」

という言葉とミカンがアタシに投げつけられた。
ミカンはアタシの顔に、
「ジロジロみてんじゃねえよ」という言葉はアタシの胸の内に命中した。

明日、動物園へ行こう。

どういうわけか、アタシは少し前向きな気持ちでそう思った。


気づいた人もいるかもしれないけど、今回は『髪の長い人たち』に注目してみました。

細い腕と華奢な指で、長い髪をかきあげる彼女達。
ささやくような声で繊細に歌う彼女達を見ていると
不思議と懐かしさが込み上げる。

もちろん、アタシが昔、細く華奢な指で、髪をかきあげていたという訳ではない。
アタシは細く華奢な指で、フライパンをコツンコツンと叩きながら
小沢ケンジのモノマネをしていた。

歌詞は、英語やフランス語でよくわからないけど
前向きな言葉だったらいいなぁって彼女達の声を聴いてると思う。

男の子達の中に一人混じって、泥んこになりながら遊んでいる少女。
同年代の男の子にも女の子にも魅力を感じられず
不思議な違和感を感じ続けている少女。


長くなったわね。

ケンジが、風呂場の排水溝に腕を突っ込んで抜けなくなったと騒いでいる。

「抜けてくれー。むしろ、抜けてくれー」

という声が聞こえてくる。
アタシは台所の椅子から立ち上がる気がしなかった。
このまま、あの人の手が抜けなかったら
どうなるんだろう。

見届けてみたい気がした。

「殺生だー。抜けてくれー」

風呂場から声が聞こえる。

「この際だー。抜けてくれー」

アタシはミカンのたくさん入った籠を持って立ち上がり、
風呂場へ向かった。

そして、ケンジの前に立った。

「おお、やっときたか。見てくれよ。抜けないんだ」

ケンジは素っ裸で、ぺちゃんと風呂場のタイルの上に座りながら
小学生のような目でアタシを見上げた。
安心しきった目だ。

アタシは籠の中から一つ目のミカンを取り出し、ケンジの顔に投げつけた。

ゴン

低い音がして、ミカンが少し形をゆがめてタイルの上に落ちた。
ケンジは最初、不思議そうな目でアタシを眺めたけど、その後は何も言わず
タイルの上に転がるミカンを眺めていた。

アタシは二つ目、三つ目のミカンを手に取り、次々とケンジの頭に投げた。
ケンジは下を向いていて、ミカンはケンジの旋毛のあたりや、後頭部に当たった。

籠が空になったとき、
アタシは手に石鹸をつけて、排水溝とケンジと手の間に擦り付けた。
しばらくして、ケンジの手を引っ張ると、手は難なくスルリと抜けた。

ケンジはアタシを見ないでそのまま、脱衣所へ向かって体を拭き始めた。


次の日の朝、アタシのベッドの周りに、
魔方陣の形で、100本以上のバナナが並べられていた。

ベッドを出て台所へ行くと、ケンジが台所に立っていた。
ケンジが朝食を作るなんて信じられなかった。

メニューは、ミカンの炒め物、ミカンの煮物、ミカンの味噌汁。

デザートはミカンだった。


そんなアタシの最後のディスクレビュー。

TUBEの「だってクリス夏」

クリスマスの日、「サンタクロースはいない」って初めて知ってしまった子供達に
思いっきり優しい声でこの歌を歌ってあげて。

良い事か悪いことかわからないけど、きっと良い事だと思うから。

そんな感じかな。

それじゃあまたね。

投稿者 hospital : 2004年12月06日 23:18