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2005年02月26日

不思議で大切な植物

生まれてからずっとそうなのでなんでかは知らないが、僕がなにかに熱中すると家の庭から妙な植物がにょきにょきと生えてくる。
表面がぬめりとしていて乳白色で、一体全体判別のつかない巨大な流線型の物体。
庭で成長しはじめ、知らぬ間に巨大になっている。
土を押しのけ現れて、空へむかってのび始める。
それが植物なのかも判然としない。
なにかに夢中になっている時に必ずそれは現れるので、そんなもんかと思っていた。

遠い記憶をたどってみると、昆虫をあつめたり、どろいじりをしてみたり、外でなにかに夢中になって家に戻ってきてみると、それはいよいよ家の屋根をも追い越すほどに成長しており、子供のころの僕はそれをみあげて、変てこなものがあるなあと首をかしげて家に入ったものだった。
青春時代にはクラスメートの女の子に恋焦がれていると、その乳白色はぴかぴかと照り輝きながら、みていても成長しているのがわかるほどに急激に背を伸ばし膨張した。
その成長が僕の心を鼓舞してくれて、とても不思議な物体だけど、なんだか僕はそれをみるたびにうれしくなっていたのだった。
心を熱くしている時にその巨大な流線型のつるつるとした表面に手を触れると、ぶよぶよと気持ちのよい手触りで、しんと冷たくて気持ちがいい。
それが他の人にとって不思議なものだったり、よく分からない不気味なものだったとしても、僕にとってはなくてはならない大切なもののように思われた。

僕の家はわりと広い敷地を庭としているが、夢中になるたびにそれが生えてきてしまうので手狭になった。
家の人たちも僕のほうをちらちらとみて、その巨大な物体をなんとかしろと暗示していた。
他人にとっては僕の大切なそれが邪魔になったのだ。
僕としたところでなんでそれが大切なのかは分からないのだけれど、とにかくあると落ち着くし、好きというだけなのである。

ある日の夕方、表面を夕日色に照り輝かせているその巨大な植物に頬をあてて、僕は迷っていた。
これがなんなのか分からないけれど、他人にとっては無用の長物であり、僕にとってはなぜかとても大切なものだということだけが分かっている。
そのジレンマにどうしていいのか分からなくなって、それにしなだれるようにして考えていた。
頬を当てているとそれは本当にぶよぶよとして気持ちがよく、顔の熱をさわやかに奪っていく。
優しい気持ちになって、それに寄りかかったまま僕は何時間も恍惚としていた。
やがて夜になって、闇があたりを支配してしまった。
生えている数本のそれらが、やがて月明かりに照らし出され、幽玄な景色が現れた。
真っ暗闇に月明かりを吸収し照り返す数本の流線型が自重で折れ曲がったりしながらも、重なるようにして屹立している。
僕はその美しさに見惚れた。
それら存在の美しさをどうして他人は認めようとはしないのか。
忙しく人々がたちはたらくこの世界のこんなちっぽけな片隅に、確かになんの用も成さないけれど奇跡的に美しい光景が展開している。
その幽玄さに立ちくらみを覚えながら僕は涙をこぼした。

そして朝になって、朝日が白い流線型をくっきりと浮き上がらせた。
あんなにたくさんあったそれらが、気づくと一本だけになっていて、驚いた。
一本の巨大な流線型が空に向かってぴんと屹立していた。

お昼になっても飽かず眺め続けた。
なぜだか誇らしい気持ちになった。
自分の努力の結果のような気がして、うれしかった。
僕はそれを眺め続けることに夢中になってしまった。
しかし頭の片隅でここまで巨大に成長してしまった植物をみるようになるだろう他人の冷ややかな目が気になった。
これではあまりにも目立ちすぎる。

植物は僕に見られ続けるとどんどんと成長していく。
どれほどの大きさになっているのか検討がつかない。
てっぺんはかすんでいるし、登って確かめようにも表面がつるつるでできない。
ただそれについてあれこれと困ったり考えたりしているほどに、それは成長を続ける。
いつしか他人の目などが気にならないくらいに僕はそれに熱中してしまった。
その植物を育てることが自分の役割だと思った。

やがて、僕の不思議で大切なこの植物を撤去しようと真っ白い作業着の男たちが何人かやってくるようになった。
その度に僕は必死で抵抗をした。
怒鳴り散らし顔を鼻水や涙でぐずぐずにしながらも、彼らを追い出した。
真っ白い作業着の、短髪でいかにもさわやかな連中に、僕のこの大切なものの価値がわかろうはずも無い。
むきになって追い出す僕を気持ち悪そうに、ひややかに彼らはみる。
彼らの口元の笑みがいかにも俗っぽくて、僕はますますむきになる。
それの繰り返しだ。

夜になって疲れ切ってうなだれる。
月にも届かんばかりの僕の大切な植物も自重に耐え切れずうなだれている。
僕が寝ているうちにこれを傷つけられはしまいかと、気持ちをはりつめながらもまどろむ。
背後の植物はその気持ちを分かってくれているのだろうか、変わることなく鈍重に成長をつづける。


僕の抵抗も空しく、それが撤去される日がやってきた。
重機や作業員が乗り込んできて、バリケードをはりめぐらせた。
つかれきった僕はどこかの部屋へ保護されていた。

窓からは作業の一部始終が見て取れた。
騒ぎまくって中止を主張したけれど、僕の声はどこにも届かない。

ふと窓から見える街の風景のあちこちに、僕の植物とおなじような流線型が生えているのに気づいた。
僕のと同じくらいに巨大なものもある。
ちっぽけでとるにたらないのがかすかに庭に見えるのもある。

それらが街のあちらこちらでにょきにょきと勝手気ままに生えているのをぼーっと眺めながら、邪魔だなあと思った。
そのうちに僕のきもちは落ち着いてきた。
それでも僕の不思議で大切な植物が撤去されていくのを寂しく思った。

投稿者 hospital : 2005年02月26日 14:56