« 黒い足跡 | メイン | 海の近くの道路の上で »

2005年04月29日

大型の月

しばらく忙しい日々がつづいた。
友人や知人からの連絡がいつのまにかなくなっていて、個人的な仕事に没頭していた。
気づくと回りは利害の絡む間柄の人たちばかりで、顔色は黄色い。
怖くなって誰か友人に連絡をしたくとも、連絡のとりかたを忘れている。

気晴らしの方法がみつからない。
街を歩いていると、やはり当然のことだがみな始めてみた顔の人たちばかりで、顔色が黄色い。
以前は赤や緑、水色や金色などと多くの色を人々は楽しんでいたように思うが、僕の所為なのかいつしか全員が黄色に統一されてしまっている。
それら黄色の人たちが笑ったり憤ったりしながら、群れたり孤立をしながらも、街をどこか目的の場所を目指して流れている。
黄色い流れのような眺めになっている。

僕は自転車を借りて近くの土手を目指した。
ふと気づくと自分の居場所がわからなくなって、見渡すと見慣れた街の景色だというのに、どこへ帰ればいいのかわからない。

草叢に横たわって空をぼーっと眺めていると、雲が流れていった。
さっきまでじっと動かないでいたような、それで僕に見られたので突然動き出したような、そんな不自然さを雲はたたえているのだった。
川を眺めると、川の水も同じだった。

青臭い草叢の中、目を瞑って黄色い顔の人たちのことを思った。
がさごそと人の気配を感じて目をあけると、僕のいるところから数メートルの場所で木材を広げてなにかを作ろうとしている人がいた。
背丈が2メートルを超えそうな少女で、あどけない面持ちでせっせと作業をはじめている。
僕には気づいていないようだ。

しばらく彼女の作業を眺めている。
どうやら椅子を作ろうとしているようだ。
家で勉強をする時のためのものだろうか。
彼女の体にしては小さいようだから、誰かのためにつくっているのかもしれない。
その大きな後姿は時間を経るごとに真剣さがましていくように見え、僕はそれを邪魔しないように静かに見守っていた。
背もたれをどのようにしつらえようか、長く思案し決めあぐねている様子だったので僕は声をかけてみた。
振り向いたその顔は赤色だった。
久しぶりに黄色以外の人に会ったので、僕の気持ちはなぜかほっと安堵したようだった。
少女の動揺を無視して僕は近づき背もたれの部分を抱えてなにかアイディアをひねりだそうとするようなそぶりをしてみせた。
少女はポーチからライターを取り出して、いらなくなった木材に火を点した。
ぱちぱちと良く燃える木材で、煙は無風の空へのぼっていく。
煙にむせながら、僕はまだなにか思いつくような顔をしていると、少女は不安げな面持ちで背もたれを返すように促した。
諦めたような顔をしてみせて、彼女のいうように背もたれを返す。

「やめてよ」

頓着をしない僕を責めるようにして背もたれを受け取ると、それまで迷っていたのが嘘のように簡単に背もたれを取り付けてしまって、椅子の形が完成した。
座り心地を試すのか、少女はできあがった椅子に腰をかけて、動かないで何もしゃべらなくなってしまった。
存在を否定されたような気がして少し僕はむっとしたが、さきほど寝ていた地点にまた腰を下ろすと、草のにおいで肺をぱんぱんに膨らませながら目を閉じた。
まぶたの裏には動きの無い雲や水の景色が突然現れて、その景色は僕を呼んでいるような気がした。
そちら側には顔色の黄色くない人がたくさんいるような気がして、うれしくて、目を開けるのが嫌なように思えた。

耳を澄まして川の流れを聞く。
ぎしぎしと椅子が軋むような音がする。
まだすぐそこにあの少女はいるようだ。

無感動に風が僕の頬を流れて行く。
立ち上がって気が晴れたことを確認して、空が落ちてくるのが怖いようなそぶりで俯いて歩き出す。
じっとして動かない少女の姿が目の端に捉えられたけれど、水の音のリズムにあわせて歩いているから、そちらをきちんとみることはできない。
街に戻ってもいぜんとして自分の居場所がわからないから黄色い顔色をして歩き続けることしかできない。
耳の奥にのこっている川のリズムが鬱陶しい。

煙草を取り出して火をつけると、近くを通り過ぎようとしていた背丈の70センチほどしかない黄色い顔の中年がたちどまり、ぎろりと睨みつけて指ごと煙草をもぎ取って、地面にたたきつけ、革靴で潰した。
へし折れた指の間の煙草の火は今は完全に消沈していて、煙草ではなくなっている。
なぜか憤りのようなものは感じないのが不思議で、さきほどの中年がなにもなかったようにして立ち去ろうとしているのを呆然と眺めた。

太陽が傾きかけ、ただ暗いだけの夜が始まろうとしている。
街灯が不器用にともりだし、車のライトは点でにそこかしこを照らし出す。
黄色い顔が隠されてしまい、世界の虚無だけが目立ち始める。

夜空を青くさせる大型の月が僕を照らしても、結局行く場所も分からずただ歩いているような気がする。
何かとても僕をわくわくさせるような道具を携えることができるのならば、そんな大型の月をみても、僕はちっとも怖くないような気がする。
そして街の中を何も考えずに歩き続ける。

投稿者 hospital : 2005年04月29日 20:34