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2006年03月12日

烏賊(いか)

流行とは不思議だ。
なにが流行るかなんてわからない、とは常々思っていたけれど、いよいよ自分がおかしいのかと疑ってしまう流行が訪れた。

烏賊ブームである。

その薬品を振り掛けると、いろんな物がたちどころに烏賊になる。
チョコレートだろうが、畑の野菜だろうが、はたまた牧場に放たれている牛だろうと、そのサイズにあわせて烏賊にしてしまう薬がにわかに流行りだした。

もともとイカが好きではなかった私はうろたえた。
居酒屋なんかで刺身を注文すると、必ずあの白い滑らかな物体が皿の脇に登場するが、箸をつけることはなかった。
しかし、あれだけ刺身の代表選手としての名声をほしいままにしているのだから、私以外の大勢は烏賊が嫌いであるはずがない。
その烏賊の薬が、TVコマーシャルや雑誌・新聞などで大々的に取り上げられるようになると、異常なほどに烏賊ブームは加熱した。
私以外の人間は相当烏賊のことが好きだったことを知った。

先日友人同士で久しぶりに銀座で集まった時のこと。
生ビール数杯といくつかの料理を注文し乾杯をした後、友人の木内が得意満面に烏賊薬をバッグから取り出した。
おおーー、歓声が上がる。
安くはない烏賊薬を木内が取り出したことに対する絶賛であった。
私がひそかに思いを寄せて注文したカニクリームコロッケが、その最初の犠牲者だった。
ふんわりと、それでいて外側がかりっと、中はジューシー、あの食感が楽しみで注文したというのに、残酷にも木内はそれに烏賊薬を振りかけた。
たちまちそれは烏賊に変わり果てた。

「烏賊だーーっ」

歓声があがり、みな夢中でそれに箸を差し出す。

「うめぇー、こりこりしてて、うめー」

これはほんの序幕であり、店員がもってくるシーザーサラダ、もずく、きのこスパゲティーが次々と烏賊に変えられてしまう。

「やっぱ烏賊だよなー」
「吸盤がたまらねー」
「うめぇー」

だったら最初から烏賊を注文しろよと思いながらも、私は好きではない烏賊をしかたなく食べては生ビールで飲み下すのであった。
これほどまでに潜在的な烏賊愛好者が多いとは、自分の価値観に軌道修正を余儀なくされた同窓会となった。

ブームによる悲劇はこれだけではない。
先日の合コン(勿論料理は烏賊だらけ)ですこし親しくなった芽衣さんとドライブに行ったときの事。
かなりタイプの女性だったので張り切ってコースを考えて臨んだデートだった。
アウトレットへ連れて行き、いくつか買い物を楽しんだあと、彼女が「コバラへったよね?」とそこにあったクレープショップで女性らしくうきうきとイチゴバナナクレープやら生クリームが入ったフルーツクレープ、チョコレートクレープだことの、5分ほどさんざん考えあぐねた結果、一つに決めた。
可愛いなあと思いながら見ていたら、
「二人でたべよう♪」と申し出られたので少々赤面し、どきどきクレープが出来上がるのを待っていた。

その時彼女がやにわに取り出したのが烏賊薬だった。

「あ・・・、結局烏賊?」

ついつい思っていたことが口をついて出てしまった。

「だって、烏賊おいしいよ?」

すっとんきょうな表情で、不思議そうに私の顔を見つめていた。
あれだけ考えてイチゴバナナクレープにした、あれは一体なんだったのだろうか。
つくりたてのおいしそうなイチゴバナナクレープは残酷にも烏賊薬をふりかけられ、たちまち単なる烏賊に変わり果ててしまった。
足が何本か紙袋からはみ出ていて、それを一本ひっこぬくと口に入れて「おーいしー」と幸せそうにこちらをみる。
「たべる?」


その後の行程は水族館ということで、絶望したまま車を走らせたのだったが、道中の畑に生える植物すべてが私の目には烏賊に見えてしかたなかった。
いや、烏賊だった。
前にTVで見た気がする。
「畑で烏賊!」
なんというキャッチだろうと思いながらしかし私は烏賊に興味がないため聞き流したが、それほどまでに世の中の人たちは烏賊が好きだったとは。
辟易しながら水族館に入館した。

予想していたことだったが、水槽を優雅に泳ぐ、大小の烏賊、イカ、いか。
「わー。すごぉーい。元まんぼーだってぇ~。めずらしぃー」
「ええー。すごい、元さめ!こわい!」
「元いそぎんちゃく、かわいいいい」

「きゃー。元ヒカルゲンジだって」
「んなわけあるかい!!」

そんな小ネタをはさみつつ、お次はお楽しみ、元イルカショーへと向かうのだった。
もちろん、でかい烏賊がぺったりとプールサイドに横たわっているわけだ。
飼育係のお兄さんがでてきて、さあ、はじまりますと観衆に向かって声をはりあげる。
すると、のっそりと一本の足が天空をさし、その姿をみて観衆が、わーとどよめきたつ。
となりで芽衣さんもきゃっきゃと喜んでいる。
サイズのでかい烏賊がただちょっと足をあげたそのことに対して、私はなんの感慨もないのだが、こうして周りの一般大衆はその一挙手一投足(烏賊だけにどちらが足で手かわからんのだが)に喜び驚くのであった。

人生とは自分という人間が一体なんであるかを知るための旅であると、私はこれまで規定してきた。
そして、その姿勢は今後も変わらないだろうけれど、こうして自分の嗜好性を真っ向から否定されると、けっこう落ち込むものである。
烏賊のどこがおいしいと感じるのか、私には未だに理解ができない。
寿司を頼んだ時にも、どうか烏賊が入っていませんように、と願うくらいだから。

こうして自分と違う多くのものを認めて、そしてその時々に自分という人間の置かれている位置感覚を養って行くことが大切なのだろう。
今度はどんな流行が訪れるのだろうか。
そのことを考えると怖くもありまた少し楽しみでもある。

ゲッソ りしながら物語をこんな風に締めくくるのだが、イカがなものか。

投稿者 hospital : 2006年03月12日 00:41