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2008年05月06日

いらっしゃいまふぇ

2年に渡る売り場スタッフとしての成果が認められ、異例のスピードでチーフとなった私にも、悩みがある。
一年後輩で入ってきたショップスタッフ、里美のことだ。

一体彼女は奇をてらってそうしているのか、悪意があってそうしているのか。
はたまた、人生の経過において、それを是正するチャンスが今まで一度も到来しなかったからなのか。
あるいは、うがった見方をするならば、彼女の身体的な部分にその理由があるのか。
私の部下の一人であり、ショップスタッフとしてはその”欠点”を除いてとても信頼でき、ずば抜けた才覚を発揮する里美は、来客したとき明るい表情と、すがすがしい声で、必ずこう接する。
「いらっしゃいまふぇ」

「里美さん、いらっしゃいまふぇじゃなくて、ませ、よ」
「え?」
里美が、きょとんとして、こちらをみる。
(え?じゃないわよ。私に何回言わせるの、この台詞。お客さんも、聞き違いかしら、くらいに思ってくれてるし、いいけれど、明らかに毎回よ)
「いらっしゃいませ、よ」
「なにをいまさら、チーフ、どうしたんですか?」

押し問答をしているうちに、来客はまったなしに押し寄せる。
そのあわただしさに紛れ、きちんと話し合いを持ったことは一度もない。
「いらっしゃいまふぇ」
遠くでかすかに、彼女の接客が聞こえる。
チーフという立場だが、私も一ショップスタッフである以上、完全なマネージメントの側に立つこともできず、さらには、里美の能力はこの売り場になくてはならないほどに完成度の高いものであり、スタッフ全員のいるまえで、あまつさえ顧客の面前で、ことさらに指摘することも憚られる。
こんなときに中間管理職の微妙な身の上が顕在化するのだ。
しかし、そうとばかりも言ってはいられないので、里美が接客をしている脇に「もう、まふぇだなんて、ねえ、お客さん、おかしいですねえ、ふふふ」とくちばしを挟んだりするのだが、問題となる”いらっしゃいまふぇ”から、話題はここ最近流行の色についてシフトしてしまっている状態だから、私の指摘のほうが場違いとなり、洋服選びに夢中なお客様から怪訝そうな目を向けられ、里美からは上司の意味不明な介入にどうしてよいのかという当惑をあらわにされ、結果的には部下の仕事の邪魔をしたチーフの行状が顕著化してしまうのである。

しかし、あきらかに、彼女は「いらっしゃいまふぇ」と言っている。
さて、ここで、先ほども説明したように、私のような微妙な立場で、信頼のおける部下でもある里美にその間違いを正すとして、一体どのような手法がベターなのか、という問題がある。

仕事が終わり、後片付けをする里美の後ろから「今夜食事でもどうかしら」と声をかけるとしよう。
一通りのオーダーを済ませ、乾杯。
場を和ませる適当な話題をいくつかちりばめた後で、
「いらっしゃいまふぇ、ではなくて、いらっしゃいませよね」
と切り出したとしよう。
仮に、里美の返答が、「あ、はい」
だとしたら、私は里美にかなりの弱みを握られることになるのではないか。
そもそも、わざわざ食事に誘っておいて、切り出すにはあまりにもお粗末な話題である。
チーフとしての立場面目ともに、丸つぶれはまぬかれない。
かといって、その他の接触ではなかなか自然にゆかないし、それでなくても前述の通り上手にかわされてしまうのだ。
一体、どのように切り出したらよいのだろう。

夜、私なりに考え込んでいた。
どうしたら、彼女のまふぇを自然に指摘してあげられ、その上で、しかるべきへ導いてあげられるのか。
私が悩めば悩むほど、私は職場で浮いていくような気がする。
チーフという立場に立ったことから、私は必要以上に気にしすぎているということだけなのかもしれない。
もはや習慣となってしまっている一人きりの晩酌で、私は私なりの結論に達し、人は人、私は私。明日からは自分らしく、自分を表現していこうという明るい気持ちで就寝した。

開店と同時に、里美の「いらっしゃいまふぇ」に続き、私はいつもより明るく、そして朗らかに「いらっしゃいMoney」と挨拶した。
まふぇと違いあきらかに聞き違いとは思えないらしく、来客は目に見えて戸惑う。
中には不愉快な気持ちを隠そうともせず、そのままきびすを返す客もいる。
なぜ、日本人的にぼかした「まふぇ」が許されて、そのまんまな「まねー」が許容されないのか。
引いていく顧客の心理を、なんとかとらまえようと、必死で、「いらっしゃいMoney」と挨拶する。
昨夜必死で組み立てた理論が、目の前でもろくも崩れ去っていくのを眺めながら、私は必死に「いらっしゃいまねー」と連呼するのだ。

投稿者 hospital : 2008年05月06日 22:34